アンハッピー・ウエディング〜後編〜
椿姫お嬢様を、リビングに連れて行くと。

「寿々花さん、あんたにお客さんだぞ」

「…ほぇ?」

声をかけると、スイカジュースのグラスを傾けていた寿々花さんが、ひょいっと顔を上げた。

「ごきげんよう。久し振りね、寿々花」

「…」

久々の、姉妹の再会である。

寿々花さんは、突然現れた自分の姉にも驚くことなく。

相変わらず、ぽやんとした顔で椿姫お嬢様を見つめていた。

…今何考えてるんだろうな?

「何でここにいるのかなぁ」とか思ってそう。

「…何でここにいるの?」

きょとん、と首を傾げて尋ねる寿々花さん。

ほらな。やっぱり俺の思ってた通り。

「お休みが取れたから、一時帰国したのよ。あなたの顔も見ておこうと思って」

「…ふーん…」

「元気そうで良かったわ。変わりなく過ごしてる?」

「変わり…?変わったことはいっぱいあるよ。今は悠理君がいるから」

おい。

そこは、「うん。変わりなく過ごしてるよ」と答えるところだろ。

俺が、寿々花さんの環境を激変させたみたいじゃん。

まぁ…実際そうなのかもしれないけど。

「そうなのね」

にこっと微笑む椿姫お嬢様。さすがのお嬢様然とした貫禄である。

「そうだ、誕生日に送ったテーマパークのチケット、使ってもらったかしら?」

…そういえば。

先日の、一泊二日ハムスターリゾート旅行。

あのとき優待チケットを送ってくれたの、椿姫お嬢様なんだっけ。

妹の誕生日プレゼントに、ハムスターリゾートのホテル付き優待チケットを送ってくれるなんて。

太っ腹だよなぁ。さすが無月院家のお嬢様。

「ハムスターランドのこと?行ったよ」

「そう。楽しかった?」

「うん、楽しかったー」

「誰と一緒に行ったの?学校のお友達?」

あっ…やべ。

寿々花さん、頼むから椿姫お嬢様と話を合わせてくれ。

間違っても、今そこにいる召使いの男と一緒に行きました、なんて、

「ううん。悠理君と一緒に行ったよ」

…そういう機転を利かせてくれる人じゃないよなぁ。寿々花さんは。

分かってたよ。

白状するしかないってことだな。素直に…。

「あら。あなたが一緒に?寿々花と一緒に旅行に行ったの?」

「…本当済みません…」

おめーの為にチケット二枚分も送ったんじゃねーよ、って思ってるだろうな。

てっきり、学校の友人…同性の女友達と行ったものだと思っていただろうに。

まさか、貴重な優待チケットを俺が消費するなんて。

俺だってそのつもりはなかったんだよ。でもいつの間にか、俺が一緒に行くってことで外堀埋められててさぁ。

前日の夜まで、まさか自分が寿々花さんとハムスターリゾート旅行に行くなんて思ってなかったんだから。

「あなたの為にプレゼントした訳じゃないわ」とか、辛辣なことを言われる覚悟はしていた。

しかし椿姫お嬢様は、一瞬驚いた表情をしたものの、すぐにまた微笑を浮かべ。

「良いのよ。楽しんできてもらえたなら良かったわ」

と、答えた。

…果たして、内心ではどう思っているのやら。
< 52 / 645 >

この作品をシェア

pagetop