アンハッピー・ウエディング〜後編〜
「誰が俺に本命チョコなんて渡すんだよ?」

「惚けんじゃねー。悠理兄さんには、無月院の姉さんがいるだろ!」

え、寿々花さん?

「良いなぁ〜…。本命の彼女からの、本命チョコ…。人生で一度で良い。この際チロルチョコ…いや、5円チョコでも構わない。もらってみたい」

雛堂は真顔でそう呟き、乙無は。

「…下らない…」

心底軽蔑した顔で、吐き捨てるように言った。

「何だよ、強がりやがって。真珠兄さんも、自分と同じ穴のムジナだろ。生まれてこの方本命チョコなんてもらったことない、そして今年ももらう予定のない、バレンタイン負け組だろ」

「人間の下らないイベントには興味ありません。そんなことより僕は、邪神イングレア様に賜った崇高な使命を果たす方が…」

「必死に言い訳してら。あーあ。今年も負け組かー」

負け組、負け組って…。

バレンタインにチョコレートをもらえないだけで、勝ったも負けたもないだろ。

…まぁ…俺も思春期の男の端くれとして、気持ちが分からないとは言わない。

中学の頃までは、俺だって雛堂が言うところの「バレンタイン負け組」だった訳だし。

学年のイケメンが、女子にバレンタインチョコをもらってるところを目撃してしまって。

すげームカついたから、先生に密告してやろうかと思ったことがある。

チクリだと思われたら嫌だから、密告は勘弁してやったけどな。

雛堂は俺を敵視しているようだが、雛堂の気持ちは理解出来る。

しかし乙無の方は、本気でバレンタインに興味がないらしく。

「そんなにチョコが欲しいなら、自分で買えば良いんじゃないですか?」

などと言った。

いや、違う。それは違うんだよ。さすがに俺でも分かる。

「ちげーよ。それじゃ意味ねぇんだよ!」

これには、雛堂も強く否定した。

うん。

「何でですか。チョコが欲しいだけでしょう?」

「違うんだよ、分かってないなぁあんたって人はよ!」

「…はぁ…?」

「自分はチョコレートが欲しいんじゃない。女の子からチョコを受け取りたいんだよ!」

どストレートな煩悩。

軽蔑しないでやってくれな。

男なら、乙無みたいな生粋の中二病でもない限り、人生で一度や二度は憧れるもんなんだよ。

バレンタインチョコって奴にな。

ましてや雛堂は、俺みたいに、家族からチョコレートをもらった経験もない。

本当に、乙無の言うようにマイチョコを買って、自作自演するしかないのだ。

虚しいよなぁ。自作自演のマイチョコ…。

純粋に自分で楽しむつもりで買うマイチョコと、誰にももらえないから仕方なく自分で買うマイチョコとは、天と地の差がある。

誕生日に、一人でケーキ買って一人でハッピーバースデートゥーユー歌っても、虚しさが募るだけだろ?

そういうもんだよ。

それなのに、乙無は。

「じゃあ、女性の店員からチョコレートを買っては?手渡してもらえるんじゃないですか」

違う。そうじゃない。

そういうことでもないんだよ。店員が女性であったとしても。

「ち、が、う、の!自分は女の子から、心のこもった、愛のこもったチョコが欲しいの!」

「面倒くさっ…。バレンタインってそんな面倒臭いイベントなんですか?そんな下らないイベント、参加しなければ良いじゃないですか」

一刀両断。

…なんか、雛堂が可哀想になってきた。
< 528 / 645 >

この作品をシェア

pagetop