アンハッピー・ウエディング〜後編〜
それなのに、寿々花さんは。

「悠理君…。さては…忍者…!?」

今度は、俺がずっこけるところだった。

何でそうなるんだよ。

「忍者じゃないから。人間だから」

「でも、音も声もなく静かに…」

「声かけたのに、寿々花さんが返事しなかったんだよ」

熱心に本読んでたじゃん。今。

すると、寿々花さんは二度びっくりして。

「…!悠理君、いつも通りただいまー、って帰ってきたの?」

「え?うん…」

「気づかなかった…。一生の不覚…!帰ってきた悠理君を、おかえりーって迎えてあげるのが私の生き甲斐なのに…!」

…何言ってんの?

そんなつまらないこと、わざわざ生き甲斐にしなくて良いよ。

「…ごめんね、悠理君」

「いや、別に…。気にしてないけど」

毎日スルーされたらちょっと切ないけど、一日くらい…。

しかし寿々花さんは、みすみす俺の帰宅を見逃してしまったことを後悔しているらしく。

「…もう一回。もう一回やっても良いかな?悠理君、もう一回外に出て、入ってきて」

まさかのテイク2。

いいよ、別にそんなことしなくて。明日にしてくれ。

「お願い、悠理君」

「…分かったよ…」

よっぽど悔しかったと見える。

何故こんな小さなことに、ここまで執着するのか分からないけど。

それで寿々花さんの気が済むなら、付き合ってやるよ。

仕方なく、俺はさっき置いたばかりの学生鞄を持って、一旦外に出た。

そのまま、玄関先で3分くらい待機。

…しっかし俺、何やってんだろうな?我ながら…。

いや、考えるな。考えたら負けだ。

…で、そろそろ入って良いかな?

「…寿々花さん、ただいまー」

俺は改めて玄関の扉を開け、中に入った。

すると今度は、ご主人の帰宅を待ち侘びる子犬のごとく、そこに寿々花さんが待ち構えていた。

「悠理君。おかえりーっ」

「…どうも…」

「」

…何?この茶番。

やる意味あった?なかっただろ。今。

俺の頭は冷え切っていたが、寿々花さんは改めて俺を迎えることが出来て、満足したらしく。

「良かったー。やっぱりこれだねー」

某お菓子のCMのキャッチコピーみたいなことを言って、ご満悦。

あ、そう…。

なんだか、とても下らない茶番に付き合われたような気がしなくもないが。

寿々花さんが満足そうだから、それで良いと思うよ。
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