アンハッピー・ウエディング〜後編〜
さて、改めて。帰宅後、リビングに戻ってきた。

二回目だよ。これ。

俺は一体何をやらされたんだ?

寿々花さんはすっきり満足して、またソファに座っていた。

その手には、さっきまで熱心に読んでいた本。

…それにしても。

寿々花さんが本…ねぇ。

「珍しいな…」

「ふぇ?何が?」

「いや、寿々花さんが本読んでるの…」

あんまり、いや、滅多に見たことないぞ。

絵本読んでるところなら、何度か見たけどな。

見たところ、寿々花さんが今持っているその本。

絵本や漫画じゃなくて、活字の本だよな?

珍しい。寿々花さんも読書することなんてあるんだな。

頭良いからな、寿々花さんは。

頭の良い人って、本を読んでるイメージがある。

しかも、難しい本を。

だから寿々花さんが今読んでいる本も、俺には到底理解出来ないような、高尚な古典文学の類に違いない。

「寿々花さん、それ何読んでるんだ?」

「え、これ?これだよー」

と言って、寿々花さんが見せてくれた本のタイトルは。

『猿でも分かる!チョコレートの作り方』

…だってよ。

あれ?なんか思ってたのと違う。

もっと高尚な文学…あれ?

「凄く面白いよー。悠理君も読む?」

「…いや、俺は、別に…興味ないかな…」

きっと、そういうタイトルの…高尚な文学作品なんだろう。

そうに違いない。

だって、どんなに頑張っても、猿にチョコレートは作れない。

猿でも分かる!は明らかに誇張し過ぎだ。

しっかし変な本読んでんなぁ…。そこまで熱中するような本なのか?それが。

逆に、どんな内容なのかちょっと気になってくるけど…。

それ以上に気になるのが。

寿々花さんが今この時期に、「チョコレートに関する本」を読んでいることだ。

これって、まさか…。

「寿々花さん、あんた…」

「ほぇ?」

「…バレンタインの為か?」

バレンタインに何かしようと模索していて、その準備の為に…ってこと?

すると。

「…ふぇ?ばれんたいん?」

出た。お得意の。きょとんと首を傾げるポーズ。

いつものアレだな。

この反応を見た限り、思った通り、寿々花さんはバレンタインというイベントに関する知識は疎いようだ。

「知らないのか?バレンタイン。来週だろ」

「何かあるの?あっ、卵を投げつけ合うイベント?」

それはイースターだろ。

あと、イースターだからって卵を投げつけ合ったりはしない。

雪合戦と混同してないか?

「違うよ。その、女性が男性にチョコレートを…」

「…?」

「…いや、お世話になってる人に、日頃の感謝を込めてチョコレートを送る日だ」

俺は改めて言い直し、寿々花さんにそう説明した。

女性から男性にのみ送られる、という固定観念はもう古い。

年賀状やお歳暮と同じだ。お世話になってる人なら、男女関係なく渡し合うものなんだよ。
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