アンハッピー・ウエディング〜後編〜
外、見てみろよ。

朝早くに作業を始めたのに、外がもう…暗くなってる。

一体何時間かかったんだ?

これでも二人で手分けしたから、一人でやるよりずっと時間は短く済んだはずだ。

それでも、これだけ時間かかってんだからな。

何だろう。

それほどに苦労したのに、達成感より疲労感の方が強い気がする。

やったー終わった!と万歳くらいしても良いと思うんだけどな。

全然そんな気にならないよ。

ただ、「やっと終わった」これだけ。

良いか、全国のにわかチョコレートファンの皆さんに、心から忠告しておく。

生半可な気持ちで、カカオ豆からのチョコレート作りに手を出すもんじゃないぞ。

スーパーまで走っていって、百円の板チョコを買う方が遥かに良い。

地獄を見ることになるからな。今の俺みたいに。

しかし本当の地獄は、確実に明日待ち受けているであろう、両腕の筋肉痛なのかもしれない。

「はー…。腕いてぇ…。疲れた…」

「頑張ったねー、悠理君。偉い偉い」

寿々花さんは、小さい子を褒めるみたいに俺の頭を撫でながら言った。

「あんたも疲れてるだろ?寿々花さん」

「私?疲れたけど…でも、楽しかったよ」

疲れたと言いながら、寿々花さんはちっとも疲れた様子は見せずに。

むしろ、達成感いっぱいの表情で微笑んでみせた。

余裕かよ。

「楽しいか?これ…」

ひたすら苦行、何の徳にもならない修行のようだったけど。

「悠理君と一緒だから、何でも楽しいよ」

「あー、そう。はいはい…」

何ならあんたは、庭の草むしりでも、俺と一緒なら楽しいとか言いそうだな。

今は冬だから必要ないけど、春になって庭に雑草が生えてきたら、今度は寿々花さんも草むしりに誘うよ。

え?お嬢様に草むしりやらせるのかって?

チョコレート一緒に作ったんだから、草むしりだって一緒にやって良いだろ。

「美味しいチョコレートが出来たら良いねー」

と、寿々花さん。

そうなんだよ。何が恐ろしいって。

ここまで苦労して作ったのに、完成したチョコレートが美味しいものである…保証は何処にもないってことだ。

どうする?

一口食べてみて、「これなら板チョコの方がいや、チロルチョコの方が美味しいじゃん」とか思ってしまったら。

今日一日の苦労も、明日の筋肉痛も、全部徒労に終わってしまう。

「美味しかったら良いなぁ…。本当に…」

「大丈夫だよ。悠理君の作った料理はいつも、とっても美味しいから」

寿々花さん、褒めてくれてるつもりなんだろうが、変なプレッシャーをかけるのはやめてくれ。

いくら俺が料理経験者でも、ショコラティエじゃないからな。

ただでさえ、お菓子作りは専門外なのに。

お菓子作りが得意な人でも、さすがにカカオ豆からチョコレートを作る人はなかなかいないんじゃないか?

凄いな、板チョコ作ってる人って。

あの百円の中に、どれほどたくさんの時間と労力が詰まっていることか。

あの板チョコという食べ物は、人類の叡智の結晶だよ。

…などという、一般人が聞いたら「は?」と言われそうなことを、大真面目に考えているくらいだから。

俺が今どんなに疲れているか、分かってもらえるというものだろう。

とりあえず、これだけは言っておく。

…もう二度とやらない。
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