アンハッピー・ウエディング〜後編〜
…小一時間ほど経った後。

椿姫お嬢様がお帰りになると言うので、寿々花さんと一緒に玄関先まで見送った。

意外と早かったな。

もう一、二時間ゆっくり話していけば良いものを。

折角会いに来たんだから。

まだまだ積もる話もあるだろうに。…俺の悪口とか?

「もう良いんですか?折角姉妹二人きりで…」

と、俺は言ったのだが。

「えぇ。名残惜しいのだけど…残念ながら、あまりゆっくりも出来ないの。実家にも顔を出さないといけないし」

実家…と言えば、無月院本家のことか。

そうだな。…寿々花さんと違って、椿姫お嬢様は…。

「また会いに来るわ。元気でね、寿々花」

「うん。ばいばーい」

非常に軽いノリの挨拶である。

もっとないのか。あんたは。言うべきことが他に。

「それから、星見悠理さん。あなたも」

「は、はいっ?」

いきなり俺に話を振られて、びっくりした。

「ちょっと変わった子だけど、妹のことをくれぐれも宜しくね」

「は…はい…」

ちょっと…どころじゃない気もするが。

宜しくされてしまったから、宜しく面倒見るよ。

「…あぁ、そうだ。忘れるところだった…。お土産を持ってきてたのよ。ほら」

と言って、椿姫お嬢様はフランス土産の入った紙袋を、寿々花さんに手渡した。

「二人で食べて。フランスの有名なお店のマカロンと紅茶よ」

へー。お洒落。

そういや、円城寺もイギリス土産に紅茶を買ってきたよな…。

金持ちのお坊ちゃんお嬢さんは、お土産に紅茶を買うのがデフォなのだろうか。

それなのに俺と来たら、市販のティーバッグどころか、手作りのスイカジュースでおもてなしをしてしまった。

うーん。我ながらダサい。

「わーい、ありがとうお姉様。冷蔵庫に入れてこよーっと」

お土産の紙袋を受け取って、キッチンに戻っていく寿々花さん。

おいおい。見送りはどうしたよ、見送りは。

「…星見悠理さん」

「は、はい?」

突然椿姫お嬢様に名前を呼ばれて、ビクッとした。

さっきから俺、挙動不審過ぎるだろ。

これまで、ろくに身分の高い人と接してこなかったツケが…。
 
何だ。何を言われるんだ?

「うちの妹に、貧乏臭い生活をさせないでちょうだい」とか言って怒られるのだろうか。

それは素直に申し訳ない。

如何せん俺が貧乏性なものだから、ついこういう生活スタイルに…。

しかし、椿姫お嬢様は俺を責めようとしているのではなかった。

むしろ…。

「ありがとうね。いつも妹と仲良くしてくれて」

まるで、娘の友達に挨拶するかのよう。

「あなたと一緒に暮らすようになってから、あの子、いつもあなたの話ばかりして…。さっきも、ずっとあなたのことを話してたのよ」

…マジっすか?

俺の悪口で盛り上がってんのかなと邪推していたら、まさか本当にそうだったとは。

…いや、悪口かどうかは分からないけどさ。
< 56 / 645 >

この作品をシェア

pagetop