アンハッピー・ウエディング〜後編〜
「はい、こっちが真珠兄さんの分ね」

雛堂は、乙無にもバケツチロルチョコをプレゼント。

「早速、バレンタインチョコですか」

「あたぼうよ」

「やれやれ。頭の中お花畑の浮かれた人間が多いこと」

悪かったな。頭の中お花畑で。

クリスマスの時も似たようなこと言ってたな。

「そんなこと言って。甘党の真珠兄さんは、チョコもらったら嬉しいだろ」

「ふっ。邪神の眷属たる僕の喜びは、罪の器が満たし、邪神イングレア様に捧げることだけです」

「ほーん。で、真珠兄さんが今片手に持ってるその袋は何?」

目ざとい雛堂は、乙無が提げているビニール袋を指差した。

「あ、はい。これ、悠理さんと大也さんに、バレンタインの贈り物です」

と言って、俺と雛堂に、それぞれビニール袋を手渡してきた。

しっかりあんたも頭の中お花畑じゃねーかよ。

どの口で言ってんの?

すると乙無は、そんな俺の心の声が聞こえたかのように、顔をしかめてこう言った。

「勘違いしないでください。僕は別にバレンタインなんて世俗的なイベントには興味ありませんが、もらいっぱなしも悪いと思って、仕方なく用立てただけで…」

「はいはい。ツンデレは間に合ってるよ」

男のツンデレとか。誰得だよ。

素直に「バレンタインチョコ用意しました」って言ってくれ。強がらなくて良いから。

「やったぜ!真珠兄さんはどんなチョコ?」

雛堂は早速、ビニール袋の中を覗いていた。

早い、早い。本人に断ってから開けろよ。

「チョコ言うか…。和菓子ですね。チョコ大福です」

ほう?

これはまた…方向性が俺とも雛堂とも違うな。

「これでも、色々考えたんですけどね。どうあっても、悠理さんの『手作りチョコ』に見合うお返しを用意するのは難しいので…。結局、自分の好きなお店で買ってきました」

とのこと。

「高級なだけのチョコならいくらでもありますけど、悠理さん達が払った労力はお金には変えられませんからね」

「別に、そんなこと気にしなくて良いよ」

わざわざ買いに行ってくれたってだけで、充分だ。

「寿々花さんの分も買ってあるので、一緒に食べてください」

それはどうも。

寿々花さんも喜ぶことだろう。大量のチロルチョコに、甘党の乙無がおすすめするチョコ大福。

いやぁ。バレンタイン満喫してんな。

…男同士で。

何だろう。嬉しいはずなのに、そこはかとない虚しさがある。

きっと気の所為だな。うん。

それなのに、雛堂が。

「はぁ。これが女子からのチョコだったらなぁ…。もっと嬉しかっただろうに」

おい、やめろって。

忘れようとしていた現実を、思い出させるんじゃない。

「男からだろうと女からだろうと、チョコはチョコでしょう。味は変わりませんよ」

「違うんだよ、真珠兄さん。あんたは分かってねぇ。分かってねぇよ」

「…何がですか」

ジトッ、と雛堂を睨む乙無。

雛堂の言いたいこと、分からなくはないぞ。

どうせもらうなら、異性からもらいたい。

健全な青少年なら、誰もが少なからずそう思うものだからな。
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