アンハッピー・ウエディング〜後編〜
しかし、世の中には理想と現実というものがある。

届かないものに、手を伸ばすのはやめようぜ。疲れるだけだからな。

時には現実を受け止め、向き合うことが大切だ。

「諦めろ。俺達には、女子からのバレンタインチョコなんて夢のまた夢、」

と、言い掛けたその時だった。

「皆さん、ごきげんよう」

俺達の教室に、とある女子生徒が訪ねてきた。

この聞き覚えのある声。いかにもお嬢様然とした挨拶…。

「お、おい。女子部の生徒が来てるぞ…!」

「旧校舎まで、一体何の用だ?」

「ま、まさかバレンタインの…!」

一気にざわつき始める教室内。

俺も、思わず声のした方に振り返った。

そこにいたのは、予想した通りの人物。

「星見悠理さんはいらっしゃるかしら」

園芸委員の委員長、小花衣先輩であった。

わざわざ旧校舎までやって来て、俺を名指し。

そしてその手には、可愛らしい花柄の小さな紙袋が提げられていた。

う…嘘だろ?まさか。

「ご指名ですよ、悠理さん。行かないと」

呆然としている俺に、乙無が促した。

「…うっ…」

小花衣先輩が俺の名前を呼んだものだから、クラスメイト全員の視線がこちらを向いていた。

やめてくれよ。俺が何をしたっていうんだ。

疚しいことは何もしてないっての。

クラスメイトの視線が、グサグサと突き刺さる。

居留守を使う訳にも行かず、俺は立ち上がって小花衣先輩のもとに歩み寄った。

「ど、どうも…」

「あぁ、良かった。悠理さん。ごめんなさい、突然訪ねてきてしまって」

本当だよ。

せめてアポを取ってから…って、お互い連絡先知らないから無理だけど。

「え、えーっと。え、園芸委員の話ですか?」

俺はわざと声を大きくして、クラスメイトに聞こえるように言った。

疚しいことは何もないと伝える為である。

あくまでも、ほら。園芸委員の仕事で伝達事項があったから来ただけ、

「いいえ。今日は園芸委員の話じゃなくて…個人的なお話なの」

マジで?

ヤバいって。ますますクラスメイトからの視線が痛い。

「こ、個人的…?な、なら場所を変えましょうか。落ち着いて話せるところに、」

とにかく、クラスメイトの見ていないところに誘導しようと思ったが。

「いいえ、すぐに済むから。ここで大丈夫よ」

にこっと微笑む小花衣先輩。

あ…そうっすか…。

そこで、恐れていたことが起きた。

小花衣先輩は、手に持っていた花柄のラッピングバッグを差し出した。

「どうぞ、これ」

「ひっ…。な、何なんですか?」

思わず腰が引けそうになった。失礼。

だって仕方ないだろ。俺は生まれてこの方、母親以外の女性からバレンタインチョコなんて、

いや待て。チョコとは限らんぞ。

もしかしたら嫌がらせのつもりで、中身、石とか空き缶である可能性も。

「バレンタインのチョコよ。今日、バレンタインデーでしょう?」

小花衣先輩は、にっこりと優雅に微笑んだ。

…あ、やっぱりそうだったか…。

まぁ、それ以外にないよなぁ…。小花衣先輩が俺に嫌がらせする理由はないし…。
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