アンハッピー・ウエディング〜後編〜
「あなたと一緒に暮らすのが、楽しくて仕方ないんでしょうね」

「そ…そう、ですか」

俺…何も特別なことはしてないつもりなんだけど。

そう褒められると、むず痒いって言うか…。

別に大したことしてないのに、そんなに褒められて良いんだろうかって思う。

…どうやら椿姫お嬢様は、円城寺と違って。

身分違いの俺を、馬鹿にしたり見下したりはしないようだ。

少なくとも、そういう態度を表には出さない。

さすがの懐の深さと言ったところか。

「妹を笑顔にしてくれて、本当にありがとう。これからも一緒にいてあげてちょうだいね」

「は、はい…」

「…それにしても、妹があんまり褒めるから、私も気になってきたわ。あなたと一緒に暮らすの、きっととても楽しいんでしょうね」

うふふ、とばかりに微笑んで言う椿姫お嬢様。

…え?冗談だよな?

何かのフラグとかじゃないよな?

俺は椿姫お嬢様と一緒に暮らすのは御免だぞ。

椿姫お嬢様が嫌いって訳じゃない。

こんな身分の高い人と一緒に暮らしたら、四六時中気を遣わなきゃならないじゃないか。

…え?寿々花さんには気を遣わないで良いのかって?

寿々花さんは、まぁ…なんだ、もう慣れた。

今なら、寿々花さんが横に座ってても気にせず、コーラ飲みながら雑誌を読める。…くらいには、気を許している。

そういう意味では、お互い様ってことなのかもしれないな。

「あぁ、そうだ。これ、私の連絡先よ。一応渡しておくわね」

と言って、椿姫お嬢様は電話番号とメールアドレスが書かれた、名刺みたいなカードを手渡した。

椿姫お嬢様の連絡先だと?

こんなもの、俺がもらうのはあまりに畏れ多いのだが?

しかし、「要りません」と突き返すことも出来ず。

そんなことしたら、余計失礼だろ。

「ど、どうも…」

「何かあったら連絡してちょうだいね。向こうは時差があるから、返事が遅れるかもしれないけど」

…フランスって、時差何時間なんだ?

心配しなくても、俺が椿姫お嬢様に連絡することなんかないって。

…多分。

「それじゃあ、またね。妹をお願いね」

「は、はい…。えぇと、見送りを…」

「ここで良いわ。ありがとう」

…本当に良いのか?こんな玄関先で。

椿姫お嬢様は、にこやかに手を振って帰っていった。
 
…やれやれ。

…何だか今日は、妙に長い一日だった気がするよ。

明日こそは、インターホンが鳴っても全部無視しよう。
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