アンハッピー・ウエディング〜後編〜
ラーメン屋やファミレスと違って、喫茶店はお客さんの回転率が悪い。

そのせいだろうか。

ようやく俺達の順番が回ってきた時には、行列に並んで、およそ一時間半が経過していた。

なげーよ。

軽く映画一本見られる時間だと思うと、めちゃくちゃ長く感じるな。

「あーっ、寒かった…!」 

「全くだ…」

今日は、2月にしては比較的暖かい方だが。

それでも、外でじっと並んで待っていたら、身体の芯から冷え切ってしまった。

風邪引いたらどうしてくれるんだ?全く。

ようやく暖房の利いた店内に入ると、手足に感覚が戻ってきた。

はぁ、生き返った気分…。

…って、何だこの店?

「…!?」

俺は思わず、店の入口で立ち尽くしてしまった。

驚愕する俺に、雛堂が得意げに、

「な?すげーだろ?この店」

ムカつくドヤ顔で、そう言った。

何であんたが得意げなんだよ、と言いたいところだったが。

その珍しい…いや、奇怪な店内の内装を前に、俺は言葉も出なかった。

何が珍しいのか、って?

黒いんだよ。店の中が。

意味不明だと思うだろう?でも、他になんて表現したら良いのか分からない。

とにかく黒いんだ。見渡す限り、ほぼ全てのものが黒い。

店内の壁紙も、床も、天井も、全部真っ黒。

テーブルも椅子も、天井の洒落たシャンデリアも。

店内を忙しそうに歩き回る店員さんの制服も、靴も。

運んでいるトレーも、そのトレーの上のカップもお皿も、何もかもが真っ黒。

見渡す限り、とにかく全部、墨を塗ったように真っ黒なんだ。

「な、何なんだこの店は…?」

「その名も『ブラック・カフェ』。SNSで話題の超人気カフェなんだぜ」

と、雛堂が教えてくれた。

『ブラック・カフェ』だと…?
 
何の捻りもない、見ての通り、ご覧の通りみたいな店名だな。

「とにかく座りましょう、悠理さん。後ろにまだたくさんお客さんが並んでるんですから」

「あ、う、うん」

お店の入口で、さながら寿々花さんのようにぽかーんとしている俺を、乙無が促した。

そうだな。ぼーっとしている場合じゃない。

店員さんに案内され、四人がけのテーブルに腰掛けた。

このテーブルも、座った椅子も、勿論真っ黒。
 
さすがにメニュー表は真っ黒…だと読めないから、黒地の用紙に金色の文字でメニューが書いてあった。

凝ってんなぁ…。

「すげーな、この店…。目が痛くなってきそう…」

煤で汚れてる…訳じゃないよな?

試しに、真っ黒のテーブルに指を這わせて擦ってみた。

が、勿論指先が煤で汚れているようなことはなかった。

さすがにな?

「この店は、とにかく『黒』がコンセプトなんだってさ」

「見りゃ分かるよ…」

「おっと。内装だけじゃないからな。これを見てみろよ」

と言って雛堂は、テーブルの真ん中にメニュー表を広げた。

そこに掲載されたメニューを見て、再びびっくり仰天。

「な、何だ?これ」

「凄いだろ?めちゃくちゃバズってんだぜ」

こんなものが話題になるなんて、どんな神経してんだよ。

メニューに掲載された、商品の写真。

これもまた、頭から墨汁を振り掛けたように真っ黒だった。
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