アンハッピー・ウエディング〜後編〜
「だ、大丈夫か?やっぱりどっか痛いのか…!?」 

寝ぼけ眼の寿々花さんなら、この一年、ほぼ毎日のように見てきた。

が、目の下にクマを作ってる寿々花さんを見るのは、今日が初めてだった。

何処か具合が悪いのは一目瞭然。

…それなのに。

「…大丈夫だよ」

老人のように嗄れた声で、寿々花さんは答えた。

いや、何が大丈夫なんだ?

何処からどう見ても、全く大丈夫ではない。

「ただ…ちょっと、寝不足なだけ…」

「…異常事態じゃないかよ」

毎日快眠の寿々花さんが、今日に限って寝不足。

天変地異だ。

「本当にどうしたんだ?昨日と言い、今日と言い…。様子が変だぞ」

様子が変、どころじゃない。

こんなやつれた寿々花さん、見たことがない。

「何かあったのか?何があったんだろ?」

「…何もないよ」

「いや、何もないのにそんな風になる訳ないだろ」

「考え過ぎだよ」

考え過ぎなもんか。

「じゃあ何でそんな…やつれてんの?おかしいだろ」

「別に、やつれてなんか…」

これまで、落ち込んでるところは何回も見たことがある。

玄関先でしゃがみ込んで、めそめそと悩んでたところも。

しかし、落ち込んでいるのでも悩んでいるのでもない、眠れないほどにやつれている寿々花さんは、初めてだった。

「昨日、俺がいない間に…何かあったのか?」

「…!」

ハッとしてこちらを見る寿々花さん。

成程、ビンゴだな。

やっぱり、俺がいない間に何か…。

問題は、何「か」じゃなくて、何「が」起きたのかということだ。

しかし。

「…別に何でもないよ。大したことじゃないから」

取り付く島もない、とはこのこと。

寿々花さんがこんな風になるのだから、それだけで「大したこと」が起きたのは明白なのに。

寿々花さんには、俺に事情を説明する気はないようだった。

何でだよ。

つい昨日まで、昨夜見た夢の話まで何でも話してくれてたのに。

何で、肝心なことは教えてくれないんだ。

「言えよ。何で秘密にするんだ」

「…言わない」

「何で?」

「…プライベートの侵害だもん」

「…」

そう言われちゃ言い返す言葉もないが、しかしそれを言うなら「プライバシーの侵害」なのでは?

「…ほんとに何でもないから、悠理君は何も気にしないで…」

「…」

「私のことなんて、何も気にしないで良いから…。いつも通り暮らして良いんだよ」

…何?その含みのある言い方…。

絶対おかしい。明らかにおかしい。間違いなくおかしい。のに。

何度尋ねても、寿々花さんは固く口を閉ざしたまま、肝心なことは何も答えてくれなかった。

寿々花さんが、こんなに頑固な人だとは思わなかった。
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