アンハッピー・ウエディング〜後編〜
「そんなつまらないことで我を失うほど落ち込むとは…。全く、これだから人間という生き物は」

殴るぞ、乙無。

どんなにつまらないことでも、真剣に悩んでる人にとっては深刻な悩みなんだよ。

「マジ?悠理兄さんの手料理、こんなに美味いのにハンスト?ダイエットでもしてんのかね」

え、そうなの?

「何でダイエット…?別に全然太ってないだろ?」

「分かってないなぁ、悠理兄さんは。女心ってもんが」

当たり前だろ。俺は男なんだから。

「あるいは、寿々花さんも何か悩みを抱ええいるのかもしれませんね。今の悠理さんみたいに、深刻な悩みを」

と、乙無。

…深刻な悩み…。

…深刻な悩みを抱える寿々花さん…を、心配して深刻に悩んでる俺。

負のループって奴だな。

「なんかきっかけとかねーの?思い当たる節が」

「あるんだったら、こんなに悩んでねーよ…。分からないんだよ。聞いても答えてくれないし…」

肝心なことは全部口を閉じてしまって、全然心を開いてくれないって言うか…。

絶対俺には何も言わない、という強い意志を感じる。

…何で?俺ってそんなに信用ない?

俺に話しても無駄だってこと?相談するに値しないって?

そりゃ俺だって、寿々花さんの悩み事なんて何でもばっちり解決してあげる、と胸を張って言うことは出来ない。

そこまで自信家じゃないけど。頼りないかもしれないけど。

でも…相談に乗るくらいのことは出来るぞ。

「多分土曜日に…。俺達が『ブラック・カフェ』で豪遊してる間に、何かあったんだと思う」

「そーなの?」

「あぁ。だって土曜日の朝まではいつも通りだったし…。様子がおかしくなったのは、土曜日に俺が家に帰ってからだ」

「長いこと留守番させられて、不貞腐れたんじゃねーの?」

…そうなんだろうか?

でも、そんなことくらいで不貞腐れるか?これまでも、俺の帰りが遅くなったことは何度もあったはず…。

その時は、別に不貞腐れてるようなことはなかったのだが…。

「悠理さんが留守中に、誰か来たんでしょうかね?」

乙無がそう聞いてきた。

…誰か…?

「誰かって…誰が来るんだ?」

「それは分かりませんよ。悠理さんには心当たり、ないんですか?」

「…心当たり…」

うちを訪ねてくる人と言えば…しかも、寿々花さんに会いに来る人と言えば…。

…あっ、もしかして。

「…円城寺か?まさかあいつか…!?」

「えんじょーじ?そんな奴いんの?」

「クリスマスイブに、寿々花さんをオペラに誘った人じゃないですか?」

よく覚えてんな、乙無。そいつだ。

何かと言えばうちを訪ねてきて、寿々花さんに余計なことを言って帰っていく。

でも、あいつイギリス留学してんじゃねぇの?

ちょくちょく帰ってきてんな。本当に留学してんのか?

もしかして、俺がいない間にうちを訪ねてきて。

俺がいないのを良いことに、また寿々花さんを傷つけるような余計なことを言って。

そのせいで、寿々花さんが酷く落ち込んでしまった…。

…成程、有り得る。

根拠がある訳じゃないが、一応筋は通る推論である。
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