アンハッピー・ウエディング〜後編〜
そのまま、10秒くらい待ってみたが。

「…」

無反応。

寿々花さんからの返事はない。

…やっぱり寝てるのか?

めげずに再チャレンジ、とばかりにもう一度ノックした。

「寿々花さーん。おーい。晩飯出来たんだけど…」

「…」

やっぱり無反応。

どうしたら良いんだろう。起きてるけど、敢えて俺を無視しているのか?

…それとも、単に寝てるのか?

前者だったら、勝手に入るのは寿々花さんの神経を逆撫でするだけだが…。

…。

…このまま踵を返してリビングに戻ったら、俺の気が済まないので。

寝てるだけだと決めつけて、俺は意を決して扉のドアノブを掴んだ。

「…ごめん、寿々花さん。入るぞ」

一度そう宣言してから、やっぱり返事が返ってこないのを確認した。

聞こえているけど無視しているのなら、「入るぞ」と言えば「入るな」と言ってくるだろう。

何も言わないってことは、別に入ってきて欲しくない訳じゃないってことで。

「…お邪魔しまーす…」

俺は、そっとドアノブを引いて扉を開けた。

鍵が掛かってなかったのは幸いであった。

もしかして居ないのか、と一瞬心配したが。

それは杞憂だったようで、寿々花さんはちゃんと部屋の中にいた。

自分の机の前に座って、机に突っ伏していた。

もしかして泣いてるのか、やっぱり悩んでるのか落ち込んでるのか、と思ったが。

「寿々花さん。寿々花さん、大丈夫か?」

「…zzz…」

「…寝てる…」

良かった。

…いや、良くはないけど。

項垂れてるんじゃなくて、俺を無視している訳でもなくて、ただ居眠りをしていただけだったようだ。

寝てるのなら、起こせば良いだけだ。

「寿々花さん。夕飯の準備ができ…。…ん?」

寿々花さんが居眠りしている机の傍にやって来て、声を掛けようとしたその時。

寿々花さんが机の上に置きっぱなしにしていた、書類の束が目に入った。

何だ?これ…。なんかの資料?

気になるのは、それらの資料がどれもこれも、何度も握り潰したようにくちゃくちゃになっていたことである。

端っこに折り目がついてしまった…程度じゃない。

明らかに、ゴミとして何度も丸めて、それを何回も開いたような…。

何なんだ、この資料。読んでみたかったけど、如何せん日本語じゃなくて。

英語…でもなさそうだな。これ、何語?

あ、でもよく見たら。

資料の中に何枚か、日本語で書いてある書類もある。

えぇと…日本の学生の為の留、

その時。

「…っ!」

「うわっ…。びっくりした」

目を覚ました寿々花さんが、がばっ、と起き上がった。

「…!」

「あ、え、えぇと、ごめん…」

こちらを見るなり、寿々花さんは青ざめたような表情を見せた。

何でここに、と無言で訴えかけているのが分かった。

一応ノックはしたし、「入るぞ」と宣言して入ったものの。

そんなこと、部屋で寝ていた寿々花さんには知る由もない訳で。

寿々花さんにしてみれば、寝ている間に勝手に部屋に侵入されていたようなものだ。

「ご、ごめん。一応ノックしたんだけど、返事がなかったから…」

慌てて弁明しようとしたが。

寿々花さんは、慌てて机の上のくちゃくちゃの資料の束を掻き集めて、腕に抱くようにして隠した。

…えーと?
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