アンハッピー・ウエディング〜後編〜
翌日。

の、昼休み。

「…なぁ、悠理兄さん。大丈夫か?」

真っ先に雛堂が俺の傍にやって来て、心配そうにそう尋ねた。

しかし、俺の耳には全く届いていなかった。

俺は教室の自分の席から、窓の外を眺めていた。

綺麗だなー、空…。

空って大きいよな。青くてさ。

あの大きい空を見ていると、俺の悩みなんて物凄くちっぽけで、全然大したことないように思える。

そう、ちっぽけな悩みだよ。

大空は偉大だな。どんなに深刻な悩み事でも、一瞬にして些末なことに変えてくれる…。

「おい、悠理兄さん。しっかりしろ。返事をしろって」

「…」

ゆさゆさ、と肩を揺さぶられていたが、それにも気づいていなかった。

ただひたすら、空を見ていた。

「…やべぇ。返事がない…。脳内で神と対話してんのか?真珠兄さんかよ」

「ほう、良い心掛けですね。悠理さんも敬虔なる邪神の眷属になりますか?」

「嬉しそうに言ってる場合かよ。冗談じゃねーよ、二人しかいない友達が、二人共重度の中二病って。どんな悪夢だよ」

目の前で雛堂と乙無が喋ってんのに、相変わらず俺の耳には届かない。

「おい、しっかりしろってマジで。起きろ!正気に戻れ。何とか言えよ!」

「…。…大きいな、空って…」

「今日最初の言葉がそれかよ!相当メンタルに来てんな」

…。

…ん?

ようやく、俺は耳元で誰かが喚いていることに気づいた。

のろのろと頭を向けると、いつの間に目の前に誰かが立っていた。

えーっと、誰だっけこいつ…。

「…ごめん。名前何だっけ?」

「痴呆症かよ!雛堂だよ、雛堂。雛堂大也!春から同じクラスで一緒に過ごしてんだろ?」

「あぁ、雛堂か…。そういやそんな奴がいたなぁ…」

耳元でキャンキャンうるせーと思ったら、雛堂がいたのか…。

…で?それじゃあ、雛堂の隣にいるのは…。

「…僕のことは覚えてます?悠理さん」

「あー…。うん、えぇっと…。…見覚えはある気がするだけどな…」

…誰だっけ?

「お忘れのようですね。では思い出させてあげましょう。僕は邪神イングレア様の忠実なる眷属。この世の罪の器を満たし、イングレア様の再臨、そして真なる平等な世界の実現という悲願を果たす為、魂を捧げた身です」

「ふーん…。…何、頭の悪そうなこと言ってんだ?」

「…心に来るんですけど、もうちょっとオブラートに包んでもらえません?」

あぁ、ごめん。つい素が出てしまって…。

…って、どうでも良いけどな。

「邪神イングレア様…か。俺の前に颯爽と現れて、悩み事全部解決してくれねーかな」

「…イングレア様は便利屋じゃないですからね。何か勘違いしてるようですけど」

「ふーん…。じゃあ良いや…」

やっぱり大空だな。大空は偉大だよ。

俺の悩み事も全部、空の彼方に消えていってしまえば楽なんだけどな。

上手く行かないもんだなぁ。
< 617 / 645 >

この作品をシェア

pagetop