アンハッピー・ウエディング〜後編〜
な、仲直りも何も。

喧嘩の土俵にすら立ってないんだから、どうしようもない。

俺が何をしたって言うんだ。なぁ?

いや、むしろ何もしなかったのが原因なのか?

何も言ってくれないから、態度を改めようにも改めようがない。

「まぁ、元気出せって悠理兄さん。あんたは良い奴だよ。自分と真珠兄さんが保証する」

雛堂は慰めるように、そう言ってくれたが。

…雛堂に保証されてもな…。

「大丈夫だって。きっともう何日かしたら、こんなに悩んでたことも忘れるくらい綺麗さっぱり解決して…」

「何をそんなに悩んでるのか分かりませんね、僕は」

…は?

乙無の方を向くと、乙無は呆れ返ったように言った。

「別に良いじゃないですか。仮に寿々花さんに嫌われたからって、悠理さんにどんな痛手があると言うんですか?」

「い、痛手…?」

「好き合って一緒に暮らしているならまだしも、元はと言えば、悠理さんと寿々花さんは親の決めた許嫁同士なんでしょう?」

「…!」

乙無に言われて、初めて思い出した。

いつの間にか俺は、そんなことも忘れていたのだ。

寿々花さんと一緒に暮らすのが当たり前になって、それで…。

突然寿々花さんが俺に冷たくなって、そのことが悲しい、なんて。

寿々花さんが俺に対してどんな態度だろうと。

それこそ、嫌われようと好かれていようと、どうでも良いはずだったのに。

「わざわざ一喜一憂することですか。好きにさせておけば良いじゃないですか」

「お、おい。真珠兄さん」

「むしろ、嫌われた方が良いのでは?嫌気が差した寿々花さんが、婚約を解消してくれるかもしれませんよ。そうすれば悠理さん、あなたは晴れて自由の身に…」

「真珠兄さん!馬鹿かよあんたは」

雛堂が慌てて乙無を止めたが、乙無はふんと鼻を鳴らした。

俺の頭の中には、乙無の言葉がぐるぐるしていた。

許嫁…。婚約を解消…。

そうすれば、俺は晴れて自由の身に…。

寿々花さんと一緒に暮らす必要もない。毎日専業主夫みたいに家事に負われることもない。

寿々花さんのおままごとの相手をさせられることもない。

それって、俺が望んでいたことなんじゃないか?

…あぁ、そうだ。確かに望んでいた。

…少なくとも、春に初めて寿々花さんに会いに来た、あの時までは。

お互い不干渉で、家庭内別居みたいな状態で、「ただの同居人」以上の存在になる必要はなかった。

だから俺は…そのつもりだったのに。

何故か今では、寿々花さんに突然背中を向けられたことで、心の中に風穴が開くほど傷ついている。

…何だって、こんなややこしいことになってしまってんだろうな。

お互い、無関心でいれば良かったのに。

いつの間にか、自分にとってかけがえのない存在に変わってしまっていて…。

「ただでさえ打ちのめされてんのに、これ以上追い詰めてどうすんだよ。悠理兄さんの気持ちになって考えてみ、」

「分かってますよ。分かってるから言ってるんでしょう?」

…え?

容赦ない乙無の舌鋒をを止めようとした雛堂に、乙無がそう言い返した。
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