アンハッピー・ウエディング〜後編〜
…などと、愚痴ってみても何も始まらなかった。

暑さのせいで、気分が荒みそう。

一日中旧校舎の、灼熱地獄の教室で過ごし。

一刻も早く家に帰って、思う存分エアコンのもとでアイスコーヒーを飲みたいと思っていたのに。

残念ながら、今日は真っ直ぐ帰宅出来ない。

不幸なことに、今日は水曜日。

そう、新校舎の中庭で、園芸委員のお仕事をしなければならない日である。

畜生。こんな日に限って。

しかも、悔しいことに。

旧校舎では、廊下でも教室でも階段でも、とにかく職員室と校長室以外、死にそうなほど暑いっていうのに。

新校舎に一歩足を踏み入れた途端、早速、涼しい冷気を感じた。

「生き返る」っていうのは、こういう瞬間のことを言うんだろうな。

旧校舎に比べたら、ここは別世界だよ。

涼しっ…!玄関に入っただけでこれだよ。

ここの冷気、ちょっと旧校舎に持って帰って良いか?

本気でそう思うくらい、旧校舎と新校舎の格差は凄まじかった。

おまけに、中庭。

中庭なら外だから、新校舎と言えども暑いだろうと思っていたら。

中庭にもつるバラのテラス屋根がついていて、日差しが遮られており。

意外と、思ったよりは涼しい。

中庭でさえ、旧校舎の教室より涼しいとは。

あまりの格差に、何だか呆れと怒りを通り越して、悲しみさえ感じてきた。

おまけに。

「ごきげんよう、悠理さん」

「…どうも…」

こんな真夏の暑さの中、エアコンという文明の利器に手厚く守られ。

その珠のような肌に、汗のひと粒も浮かんでいない小花衣先輩の姿を見ると。

俺達が感じている苦しみって、一体何なんだろうと思わされるよな。

「二学期も宜しくね。お花の世話、一緒に頑張りましょう」

「…はい…」

「…あら?悠理さん、何だかお疲れのようだけど…大丈夫かしら?」

大丈夫じゃないです。

暑いんだよ。一日中、暑くて死にそうだったの。

「夏バテ?それとも、夏休みにお出掛けして疲れたのかしら」

「いや、その…そんなことは…」

「そうだ、お出掛けと言えば…。これ、夏休みに海外旅行に行ったお土産よ」 

相変わらずの、にこやかな微笑みを浮かべて。

小花衣先輩は、海外旅行のお土産を差し出してきた。

あぁ…そういや、旅行行くって言ってたっけ…。

新校舎の生徒は、夏休みは基本、旅行や留学に行くのが普通らしい。

うちの寿々花お嬢さんくらいだよ。夏休みに、近所のデパートのお化け屋敷に出掛けてるのは。

「どうも…ありがとうございます」

「いいえ、気にしないで。とっても楽しい旅行だったから、幸せのお裾分けよ」

…なんか、この夏だけで色んな人に外国のお土産をもらった気がするな。

円城寺から始まり、椿姫お嬢様と…今、こうして小花衣先輩からももらった。

そういや寿々花さんも、遠足のお土産に外国のインスタントラーメンを買ってきてたしな。

金持ちってのは、外国産のお土産を買うのが好きなのかもしれない。

「さて、それじゃ今日も元気に、お花のお世話をしましょうか。まずは水やりから」

「はい…」

小花衣先輩に促され、俺はホースの蛇口を捻った。

…早いところ済ませて早く帰って、そして早く思いっきり涼もう。
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