アンハッピー・ウエディング〜後編〜
そんなに行きたいもんかね。留学。

向学心がなくて済みませんね。如何せん、去年まで中卒のつもりでいた身分で。

「…やっぱり良いことだと思います?行った方が…」

「それは、勿論。誰にでもある機会ではないのだから、チャンスがあるなら行くべきだと思うわ」

…だよなぁ。

馬鹿でも分かる理屈だ。

本当は留学したいけど、経済的な理由で諦めることを余儀なくされている学生はたくさんいる。

引き留めようとする方が間違ってる。

「小花衣先輩も…留学の機会があったら、行きます?」

「えぇ、そうね。と言うか…実は行ったことあるのよ、私」

えっ。

「長期ではなくて、夏休みだけの短期留学だったけれど…。一昨年、中学3年生の時の夏休みにね」

にこっ、と微笑みながら爆弾発言。

マジかよ。それは知らなかった。

「ど…何処に行ったんですか?ヨーロッパ…?」

「私はオーストラリアに」

オーストラリアだってよ。

オーストラリアって…何語なんだろう。

そんなことさえ知らない。

「とても充実した、実りある経験だったわ。夏休みの間だけだったけれど…。もっといられるのならいたかったわ」

「そ、そうですか…。そうですよね…」

「でも…」

…でも?

「私だったら、少し考えてしまうかもしれないわ」

えっ。

さっきまで、留学ウェルカムみたいなこと言ってたのに。

「な、何でですか…?」

「それは…勿論、留学先で新しい色々な出会いがあるけれど…。その為には、今ある大切なものを置いていかなければならないでしょう?」

「今ある…大切なもの?」

「家族だったり、お友達だったり、学校のクラスメイトだったり…。そういう大切なもの」

…あぁ。

それは確かに…大切なものだな。

「家族やお友達を置いていくのは、とても寂しいことだわ」

「寂しいって…。そんな、子供じゃあるまいし…。一生会えなくなる訳でもないのに」

「あら。100歳のお婆さんになったって、寂しい時は誰でも寂しいわよ」

ま、まぁそうだけど。

だからって…寂しいから留学を諦めます、はいくらなんでも…子供じみてないか?

しかし、小花衣先輩は。

「寂しい時に寂しいと、素直に口にすることは間違いではないわ。…悠理さん、あなたもそうなんでしょう?」

「えっ…」

「その悠理さんの大切な方がいなくなったら寂しいって、あなたはそう思ってるのよね」

「…」

言い返す言葉もない。

本当は否定したかった。寿々花さんがいてもいなくても、俺には関係ないと。

寂しいはずなんかない。むしろ、気を使う相手がいなくてせいせいする…。

…はずなのに。

今の俺には、小花衣先輩の言葉を否定することが出来なかった。
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