アンハッピー・ウエディング〜後編〜
…お互い納得出来るように話し合う必要がある、という小花衣先輩の意見はもっともである。

俺ももう、逃げるのはやめるよ。

必死に目を逸らしていた、自分の本音と向き合ってみると。

そこにあったのは、馬鹿馬鹿しいほどに単純な結論だった。





「…寿々花さん、ちょっと良いか」

「ほぇっ…」

帰宅後、俺は真っ先に寿々花さんの部屋を訪ねた。

相変わらず寿々花さんは、机の上の書類…留学先の学校のパンフレット…と向かい合って、それらの書類一式をじーっと眺めているところだった。

昨日からずっと、寿々花さんに留学の話を聞かされてからずっと、俺はそのことで頭がいっぱいだった。

家事をしていても授業を受けていても、少しも身が入らなかった。

…きっと寿々花さんにとっても、そうだったんじゃないかと思う。

だけど、それはもうやめにしよう。

寿々花さんが留学するにしても、しないにしても。

とにかく、自分の気持ちだけは正直に伝えるよ。

「少し話があるんだけど…」

「ふぇっ…」

俺がそう切り出すと、寿々花さんは死刑宣告でもされたのか、というくらいびびっていた。

…大丈夫か?

「は、話って何…?」

「えっと…。その、昨日の…寿々花さんの留学の話」

「…」

それ以外にないよな。当然。

寿々花さんは、ごくり、と生唾を飲み込んでいた。

…。

…言うと決めてから来たものの、やはりいざ言葉にするとなると…勇気が要るな。

だけど、いつまでも黙ってる訳にはいかないから。

「…あのな、これはあくまで俺の意見であって、俺の勝手な…素直な…気持ちであって、俺の意見に耳を貸す必要なんてないんだからな」

「え、えっと…?」

「どうするのかは寿々花さんが決めれば良い。寿々花さんの人生、寿々花さんの将来なんだから。俺が何を言おうと惑わされず、正しいと思う選択をしてくれよ」

それだけはきちんと言っておく。

俺が何と言おうと、どうするのかは寿々花さんが決めること。

小花衣先輩は俺も関係なくない、と言ったが。

それでもやはり、これは元々寿々花さんの将来の選択なのであって、親でも家族でもない俺に、口出しする権利はない。

その上で、それを理解した上で言わせてもらう。

置いていかれる、哀れな俺の戯言だと思って聞いてくれ。

俺は真正面から、寿々花さんの両肩をガシッと掴んだ。

「行かないでくれ、留学なんて」

「ほぇっ…」

これには、寿々花さんもぽかーんであった。
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