アンハッピー・ウエディング〜後編〜
ごめんな。唐突にこんなこと言って。戸惑うよな。

でも、言うと決めたからには言わせてくれ。

例え、それが俺の自己満足に過ぎないにしても。

「行かなくて良いじゃん、フランスなんて遠いところ。寿々花さんは寿々花さんなんだから、椿姫お嬢さんを真似る必要なんてないじゃん」

そういう問題じゃない、のは百も承知。

高貴な生まれの者として、当然のステータス?

海外留学くらいしないと、箔が付かない?

知ったことか。

「寿々花さんと一緒に暮らし始めたばかりの頃は、そりゃあ嫌で堪らなかったよ。めちゃくちゃ気を遣うし、それなのに寿々花さんは予想外の言動の連発で、容赦なく俺を振り回してくるしな」

「えっ…。そ、そんな風に思ってたの?」

「あぁ。思ってた」

何なら今でも思ってる。相変わらず、振り回されっぱなしだからな。

しかし寿々花さんは、思いの外それがショックだったらしく。

「…がーん…」

あ、ごめん…。つい本音が…。

いや、今の俺は掛け値なしの本音を伝えようとしてるんだから、遠慮はしないぞ。

「だけど今は…いつの間にか、そんな毎日を楽しんでる自分がいる。同じ家の中に寿々花さんがいて、毎日顔を合わせて、つまらないことで一緒に笑って、そういう毎日が堪らなく大切で…」

「…」

「…これからもそんな毎日がずっと続いて欲しい。だから俺は、あんたに、フランスなんて遠いところに行かれちゃ困るんだよ」

そんなん言われても知らんがな。

っていうのが、寿々花さんの今の気持ちだろうな。

うん、ごめん。分かってはいるんだけど、言わせてくれ。

「やめろ、行くな。ここにいて、来年も再来年も、その先も一緒に居てくれ」

「…凄い。殺し文句だ…」

何だって?

「…それでもあんたが行くって言うんなら、その時は仕方ない」

「…どうするの?」

「その時は…俺も一緒にフランスに住む」

「ええっ…」

小花衣先輩案、採用。

ただし、俺は留学出来るほど頭良くないからな。

寿々花さんの滞在先に、一緒についてって住む。

これで解決だろ。

我ながら、最高に頭の悪い妥協案である。

だが、俺にとっては割と…画期的な案のように思える。

フランス語どころか、英語さえ喋れない癖に。

それどころかパスポートさえ持っていないのに、何を自惚れたこと言ってんだが。

しかし、俺一人だけ日本に、この家に置いていかれることを思えば。

言葉の壁など、文化の違いなど、何の問題にもならない。

なるようになんとかなるだろ。…寿々花さんと一緒にさえいれば。

大丈夫。マジでそうなったら、俺は死ぬ気でフランス語を勉強する。

「そんな訳で、俺、意地でも寿々花さんと一緒に暮らす道を選ぶから。覚悟してくれ」

「え、えぇー…」

ごめんな。ストーカー発言して。

自分でもキモいと思ってるよ。だけどこれ、今の俺の素直な気持ちだから。許してくれ。

「でも、やっぱり日本語が通じる場所の方が住みやすいのは確かだから、出来ればこのまま、この家に居てくれると一番…嬉しい」

「…悠理君…」

「…以上。俺の素直な気持ちでした」

ご静聴、ありがとうございました。
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