アンハッピー・ウエディング〜後編〜
留学の件が無事におじゃんになって。

椿姫お嬢さんから送られてきた留学資料は、寿々花さんの手によって残らずゴミ箱にポイ。

この時の、寿々花さんの晴れやかな表情と言ったら。

多分俺も、似たような顔してたと思う。

…え?ただ一緒に居たいからという理由で、貴重な留学の機会をフイにするなんて勿体ない、って?

知ったことか。

理屈や正論よりも大切なことが、世の中にはたくさんあるんだよ。

来年も、これからも一緒に居られると思って、ホッとした…のは良いのだが。





「…なぁ、さっきから何やってんの?」

「え?」

寿々花さんは、きょとんとして首を傾げた。

首を傾げたいのはこっちだ。

さっきから、寿々花さんはずっと俺の真横に、ピタッとくっついて離れなかった。

何故か手もぎゅっと繋いだまんまだし。何なのこれ?

振りほどくのもアレだから、放置してたけど。

やっぱり突っ込まずにはいられない。

「何やってんの?」

「え?だって、さっき悠理君と約束したもん」

「…何を?」

「ずっと悠理君の傍にいるって」

傍にいる(物理)。

あれは比喩であって…本当に四六時中くっついてる奴があるか。

冬はまだしも、夏は地獄。

冬なら良いみたいな言い方をするな。冬も駄目だよ。

「離れろ。暑苦しい」

「!お風呂も寝る時も学校も、ずっと一緒のつもりだったのに」

「やめろ」

そこまでするとは言ってねーよ。

一緒に居るってのはそういう意味じゃなくて。

比喩、そう。あくまでも比喩なんだが?

「信じてたのに。私、悠理君にとってお遊びだったの?」

何を言い出すんだ、あんたは。

「何処で覚えてきたんだよ。誤解を招きそうなことを言うな」

「一緒だって言ったのにー」

「あー、はいはい…」

俺が折れなきゃいけないパターンね。分かりました。

「分かったよ。今度…そう、今度の休みの日にでも、面白いカフェに連れてってやるから」

「えっ」

「それで勘弁してくれ。な?」

面白いカフェ、とは勿論、この間雛堂達と行った真っ黒カフェのことである。

結局、お土産の黒みたらし団子、食べてもらえなかったからな。

今度は実際に二人で行って、一緒に食べてこようぜ。

「本当?面白いの?」

「あぁ。面白いぞ」

何せ、店の中もメニューも全部黒だからな。

「やったー。悠理君とお出掛け〜」

ご満悦の寿々花さんである。

ったく、相変わらず分かりやすいって言うか…。

こういう人だからこそ、俺は寿々花さんに心が惹かれるのかもしれないな。

「…やれやれ。全く、子供みたいな奴」

呆れた口調で呟いた、この時の俺は。

きっと、緩みきった幸せそうな微笑を浮かべていたに違いない。
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