アンハッピー・ウエディング〜後編〜
「病院には連れて行ったって担任が言ってましたから、薬は買ってこなかったんですけど…」

あぁ。風邪薬なら、さっき病院でもらってきたから…間に合ってる。

「他に必要そうなものを、色々…。こちらが冷却シート、所謂冷えピタですね。それからこれがマスクと、スポーツ飲料…」

「食欲ないかなーと思って、レトルトのお粥と、ゼリーとプリンとヨーグルト買ってきた」

有り難い。

非常に有り難い。

どれも、家の中になかったものである。

そして、何より。

「それから、これが体温計です」

あぁ。今一番欲しかったものが、目の前に。

体温計の存在を、これほど有難く思う日が来るなんて。

「家の中にないんじゃないかと思ったので、買ってきました」

「…大正解だよ、乙無…」

「あ、やっぱりなかったんですね。被ったら邪魔かなと思って、買うかどうか悩んだんですが…。買ってきて良かったです」

それは英断だったよ。

とても助かる。非常に有り難い。

持つべき者は、気の利いた心優しい友人だな。

「ごめん、本当に…。助かったよ。ありがとう…」

「おぉ、良いってことよ。このお礼は3倍返しで頼むよ」

「そうですね。僕も…放課後にデザートを奢ってもらうってことで」

「…ちゃっかりした奴らだよ…」

世話になってる身だから、言い返せないけどな。

分かったよ。3倍返しのデザートな。

それから、雛堂と乙無だけじゃなくて。

寿々花さんにも、お礼しないといけないな…。

などと、噂をすれば。

「飲み物お待たせー」

キッチンに飲み物を取りに行った寿々花さんが、戻ってきた。

えらく、やけに時間がかかったような気がするが…。何をやってたんだ?

「おー。どうも…って、これ何?」

雛堂と乙無の前に、二つの大きめのマグカップが差し出された。

夏なんだから、来客に出すのはアイスコーヒーとかアイスティーとか…とにかく冷たいものが一般的だよな?

しかし、マグカップはほかほかと湯気を立てている。

…コーヒー?コーヒーか?

いや、でもコーヒーの匂いじゃない。

さっきも嗅いだような…味噌っぽい匂い?

今の俺、鼻が馬鹿になってるから、匂いがよく分からないけど…。

もしかして、いや、もしかしなくても、あれ…。

「無月院の姉さん。何これ?」

「え?めるちゃん製麺まろやか塩味噌味の粉末スープ。さっきおじや作ったときに余ったから。お湯に溶かして持ってきた」

インスタントラーメンの粉末スープの残りを、来客に出す奴があるか?

ラーメンの残り汁を飲ませてるようなもんじゃん。

「あ、ミルクはお好みでどーぞ」

コーヒーじゃないんだから、あんた。

しかも。

「はい、こっちはおやつ」

飲み物と一緒に、お茶菓子も持ってきたらしい。

「私の手作りおやつなんだよ。めるちゃん製麺の袋麺を細かく割ってフライパンで炒って、付属の調味料を振り掛けて、シャカシャカしたら出来上がりー」

余すことなく、インスタントラーメンのアレンジレシピを披露。

…それって、本当に美味いの?甚だ疑問なんだけど。
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