アンハッピー・ウエディング〜後編〜
びっ…くりした…。

居たのか。ここに。

そういや、ずっと一緒に居るとか何とか、寝る前に言ってたっけ…。

って、まさか本当に朝までここに居たのか?

寿々花さんの周りには、使った後の冷却シートのゴミが散らばっていて。

片手に、新品の冷却シートを。もう片方の手に体温計を握り締めていた。

…まさかこの人、寝ずにずっとここに居て、一晩中看病してたのか?

本気で?…馬鹿なのか?

俺が寝てる間も、ずっと起きて…?

「おい、寿々花さん…。寿々花さん、起きろって」

「んん…。むにゃむにゃ…」
 
「朝だぞ。早く起きろ」

「ん〜…。悠理君が、異世界に転生しちゃった〜…」

どういう寝言?

してねーよ。勝手に異世界転生させるな。

「寝惚けてんのか?」

「…ふぇ…?」

ようやく、寿々花さんが寝惚け眼を開いた。

そして、しばしぽやんと俺の顔を見つめ。

「…!悠理君、お熱下がった?」

途端に覚醒した。

思い出したようだな。色々と。

「風邪治った?もう平気?まだしんどい?」

「大丈夫だよ…。かなり楽になった」

「本当に?悠理君って、大丈夫かって聞いたら、いつもオウムみたいに大丈夫って言うから。全然信用出来ないや」

「…」

結構酷いこと言われてね?

本当に大丈夫だから大丈夫って言ってるんだよ。

オウムで悪かったな。

「お熱下がった?本当に?ちゃんとお熱測らないと駄目だよ」

「下がったって。本当に大丈夫、って、ちょ、何近づいてきてんだよ?」

寿々花さんは、ぐいっと身を乗り出して俺の顔の目前に迫ってきた。

またびっくりした。何なんだよ一体。

「だって、お熱測らなきゃ。おでことおでこを合わせて…」

「そ…そんなことしなくても、そこに体温計があるだろ?」

「あ、そうだった」

自分が持ってるんじゃないか。片手に。

寿々花さんは顔を引っこめて、体温計を渡してきた。

あ、危ないところだった。

…何が?

「はい、ちゃんとお熱測って。下がってると良いね」

「下がってると思うぞ。明らかに、昨日の夜より楽になってるし…。…あ、ほら」

ピピピ、と電子体温計が鳴って、体温を確かめてみると。

「37.3」とのこと。

非常に微妙なラインだが…。まぁ、微熱ってところか。

ほぼ平熱みたいなもんだろ。これなら。

「良かった。かなり下がってるね」

「だろ?だからだいじょう…」

「あと一日、今日一日ベッドで大人しく寝てたら、明日にはすっかり元気になってるよ。きっと」

「もう起きても大丈夫だって。横になってなくても…」

「駄目だよ。風邪は治りかけが一番危ないって、偉い人が言ってたもん」

何処から聞いてきたんだ?それ…。

偉い人じゃなくても言うだろ。

「家のことは私がやるから、悠理君は寝てて」

凄く頼もしい言葉なんだけど。
 
頼もしいんだけど…任せて大丈夫なのか、凄く不安。

「…やらなくて良いからな、何も。大人しくしてくれ」

「大人しくするのは悠理君でしょ?大丈夫、私にばっちり任せて」

「…不安が募るなぁ…」

と、言ってみたものの。

寿々花さんは、妙にやる気満々だし。

俺も本調子じゃないから、寿々花さんに任せるしかなかった。
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