アンハッピー・ウエディング〜後編〜
…なんか、朧気ながらに覚えてる。

「鰹節と昆布で出汁を取って、シメジは石づきを取って…」って読んだ記憶がある。

「出汁なんていちいち取ってられねぇよな。粉末の出汁で良いじゃん」とか。

「うちは寿々花さんがキノコ苦手だから、シメジの味噌汁は無理だな」とか。

頭の中で、ぼんやりとそう考えたのを覚えている。

「あまりにもナチュラルに味噌汁の作り方を説明するもんだから、先生も困ってたな」

「逆に凄いですよね。本人は全く気づいていないっていうのがまた…」

教えてくれよ。黙って見てないでさ。

それ家庭科の教科書だぞ、って言ってくれよ。

何で皆黙ってたんだ。

…っていうのは責任転嫁で、間違えた俺が悪いんだけどな。

「これじゃあ四時間目の日本史は、まともにテキストを読むどころか、美味しい玉子焼きの作り方を解説しかねないぞ」

「それどころか、勝手な歴史を作ってしまうんじゃないですか。教室中を大混乱に陥れそうですね」

「それはそれで面白そうだけどな」

面白がるなっての。なんも面白くねーよ。

俺だって、好きで教室を混乱の渦に巻き込もうとしてるんじゃない。

本当に…つい、心ここにあらずで…。

「これ以上醜態を晒す前に、潔く早退したらどうですか?…心配なんでしょう?」

「それは…心配は心配、だけど…」

でも、その為に学校を早退するのは…。

さすがに大袈裟と言うか、過保護と言うか、やり過ぎと言うか…。

「このまま学校に残って授業受けても、全然頭に入らないでしょう。だったら無意味ですよ」

「そ、そうだけど…」

「午後は、また体育あるしな。このままぼーっとしてたら、また顔面サーブで鼻血ブーするぞ。それで良いのか?」

「…良くねぇよ」

二度もサーブを顔面で受けて、鼻血を垂らして保健室に担ぎ込まれる…なんて。
 
そんな赤っ恥、二度も経験するくらいなら。

…諦めて、潔く早退するよ。

心配だしな。…寿々花さんのこと。

「分かった。帰るよ…」

「おう、そうしろ」

鞄の中に、教科書と筆記用具を突っ込み。

俺は教室を飛び出して、職員室に直行。

先生には「体調が悪くなった」って言い訳をして。

そのまま逃げるように校門を出て、自分の家に帰った。
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