α御曹司に囚われた夜 ~αなのにヒートが起きて、好きでもない社長にいただかれました~
 竜ケ崎社長の、甘く優し気な笑みには、ほとんどの人は胸をぎゅっと掴まれてしまうだろう。しかし、彼の下で働いてみるとわかる。社長は、冷酷な人だと。



「そうか、所有者の息子は一億で乗ってきたか。では息子に親の実印を盗ませろ」



 竜ケ崎天翔という人物は、こういう物騒なことを平然と言う人である。

 竜ケ崎グループの御曹司で、今は、パートナーズ・エステート(株)の社長で、私の上司でもある。

 モデルのような外見だが、中身はブルドーザーのような人だ。欲しいものは何としてでも手に入れる。

 

「所有者夫妻の息子さんに印を押させても、代理権がなければ難しいと思われます」

「代理人として権限を持っていると信じるに足る外観があればいいんだ。こちらは正当性を主張できる。明日にでも息子と契約してこい」



 契約成立すれば、不動産所有者の老夫妻は住家から追い出されることになるのだが、社長はうっすらと笑いながら、そんなことを指示する。息子が善人ならば、老夫妻は今よりも良い家に住み替えることもできるが、実印を盗んで親の家を売るような息子が果たして、善人だろうか。

 しかし、それは私の心配することではない。



「承知しました」



 そう返事をしようとして、視界がぐらついた。

 ここ数日熱っぽい。社長室に入ってからは、熱っぽさはますますひどくなっていた。

 膝に手を突けば、社長が心配げな声をかけてきた。



「大丈夫か?」



 社長の顔が近い。不意に甘い匂いを感じて、ブワッと熱が高まった。

 ぐらり、と、また視界が揺れる。

 

 社長からとても心地の良い、それでいて、背中をぞくぞく痺れさせる匂いがしている。

 しっかり立たなきゃ、そう思うも、足が踏ん張れず、ぐにゃりと体が絨毯へと引っ張られる。



 気がつけば、咄嗟に腕を伸ばしてきた社長にもたれかかっていた。

 社長の胸は見た目以上にがっちりしていた。



「花沢さん、うっ……、この匂い……」



 社長は驚いたような声を出し、顔をしかめた。私は社長の腕に抱かれて、(ほう)けたように社長の顔を見上げていた。

 

 この匂い、もっと嗅ぎたい。



 社長の肌からは柑橘のような匂いがする。甘い柑橘の匂いが、本能を揺さぶる。

 鼻から吸い込めば、体の奥から衝動が起きた。

 この人が欲しい。



< 1 / 26 >

この作品をシェア

pagetop