α御曹司に囚われた夜 ~αなのにヒートが起きて、好きでもない社長にいただかれました~
Mの体がトイレの床に沈み込んでいた。視えない何かに抑え込まれている。
ものすごい威圧を受けているようだ。
私はそれを尻目に走った。
何が起きたのかわからないが、逃げるしかない。
後ろ手に拘束されているために、バランスを失った。
「きゃあっ」
よろけて前のめりに転びかける。それを、後ろから伸びた腕に支えられていた。
「大丈夫か!」
この声は。
社長………?
振り返れば、竜ケ崎社長がいた。
社長が助けてくれたの?
ほっとして涙がじわりと溢れてきた。
俯いて嗚咽をこらえる。
声だけは漏らさない。それは意地だ。
社長は俯いた私を黙って支えていたが、逡巡する気配ののち、担ぎ上げられた。
「暴れるなよ」
そう言われたがそんな気力はもうなかった。
幹線道路の端に自動車が止まっていた。助手席に私を下ろすと、社長は再び公園へと戻っていった。離れる前にロックしていった。
いやだ、怖い、一人になりたくない。社長、そばにいて。
ロックをかけてくれたおかげで、誰かに乗ってこられる不安はない。
社長を待ちわびる。
しばらくして戻ってきた。
手に、私のバッグとヒールとを持っていた。わざわざ拾ってきてくれたのだ。
「警察に行く?」
私が首を横に振ると、今度は「家はどこだっけ?」と訊いてきた。
私は素直に答えた。
自動車が走り出せば、車内に重苦しい沈黙が続く。破ったのは社長だった。
「花沢さん、プライベートにはあまり口を挟みたくはないけど、あなたはΩだ。十分気を付けて行動して欲しい。あなたの醜聞は会社の醜聞だ。歩道で無理やり連れて行かれそうになっているあなたを俺が見かけなかったら、おそらくひどいことになってた」
社長の服装は、スーツではなく私服だった。社長は社長で休日を満喫していたのだろう。
偶然社長が通りがかってくれなかったら、どうなっていたことか。
しかし、迷惑をかけたお詫びも、助けてもらったことへの謝礼も、口から出てこなかった。
私はΩではありません。そう叫びたいのに、それも出てこなかった。
私はΩになったかもしれない。いや、なったんだ。
Mの凶行でそれを知る。