α御曹司に囚われた夜 ~αなのにヒートが起きて、好きでもない社長にいただかれました~
社長はシャワーを浴びたあと、ピンク色のビッグシルエットのワンピースTシャツを着ていた。
嫌がらせではない。私の部屋にあるもので、社長の体が入る服は、これしかない。
しかし、それなりに着こなしているように見えるのはさすが美形と言ったところ。
それとも、私の目が曇ってしまっているのかもしれない。
ピンク色の服を着ているにもかかわらず、ゆったりとソファに座る社長はとても優雅で格好良い。
これまで、私の景色の中では社長は単なる上司でしかなかったのに、今はっきりと自覚する。社長は異性だ。 心奪われるような色気のある異性だ。そして私は恋に落ちている。
お腹をうずかせながら、社長を見つめてしまう。
「では、婦人科で避妊薬をもらってきたんだね? それが気になってた。妊娠すれば責任はとるつもりだから、俺に言って欲しい」
「責任というと」
「父親としての責任だ」
私は首を捻った。それは産んでもいいってことなのかな。さすが御曹司、王侯貴族のように産めよ増やせよ、なのかもしれない。
もしや竜ケ崎家は一夫多妻制なのかな。十人や二十人の愛人枠はありそうだ。
でも、それはちょっと、いやかな。かなり、いやかな。
「はあ、そうなったときはお伝えします。それで、会社のことですけど、やっぱりクビですか」
「そこは仕方ないよね」
「私、性別詐称したわけじゃありません。性転換が起きたんです」
就職前に受けた診断書を取り出した。取ってあってよかった。
「Ωを理由にクビにしたら、訴えます」
表向き、性別で解雇するのは雇用法に引っかかる。
「じゃあ、どういう理由でクビにしようか」
社長は甘く微笑んだ。やはり、冷酷な人だ。クビを切る理由を本人に相談するなんて。それも嬉しそうな顔で。
私は社長に両手をついた。
「お願いです。少しだけ待ってください。私、もう一度αに戻りますから」
「第二性ってそんなにころころ変われるものなの? まだ信じられないんだけど」
「私だって信じられません。でも、一つだけ心当たりがあるんです」
第二性専門医は、性別の変化を「呪いのようなもの」だと言った。
呪いであれば解呪することもできるのではないか。
いや、解呪しなければならない。
Ωのようにいろいろと制限されて、誰かに養ってもらわなければならないような人生はまっぴらだ。
それに、社長に向いたこの想いも、消さなければならない。もとの、プライベートでは恨みしか抱いてない相手に戻さなければならない。
αに戻れば、ただの上司に戻るはずだ。
「いつまで待てばいい?」
「半年」
「長い。三か月だ。あと、俺も、心当たりにつき合うよ。あなたが心配だ」
その目は穏やかに私を捕えていた。口元は甘く笑んでいる。
社長に私への気遣いがあるように見えてしまった。
膨らませてはいけない期待が、いとも簡単に膨らんでしまう。
「社長、私にマーキングしましたか?」
マーキングとは、Ωに他のαを近寄せないようにするためのものだ。Ωに残す所有の印のようなもので、αでも上位になるほど、強く残すことができる。Mは逆に煽られていたが、通常はマーキングされたΩをαは忌避したくなる。
社長も私に少しは部下以上の気持ちを持ってしまいましたか?
私を所有したいと思ってしまいましたか?
社長は真剣なまなざしを向けてきた。
「ああ、つけた。今もつけてる。あなたはあまりに無防備だ。何かあったら困る」
私は目を見張った。もうたぶらかされているのに、まだたぶらかされてしまう。
「社長……」
ふらふらと社長に身を寄せていく。社長に抱き着きたくてたまらない。
社長はまた真剣なまなざしを向けた。
「あなたはうちの社員だ。平社員ではない。管理職だ。あなたの醜聞は会社に関わる」
それを聞いて私はこわばった。
何を期待していたの、私は。
ただの社員でしかないのに。社員以上の感情など、この人が私に持つはずがない。
その優し気な顔つきに、よろよろと騙されてしまった。
それでも。
社長の所有の証が自分についていることを嬉しいと思う。
これがΩの性なのか、こうやってαの所有物になりたがるのが。
自分が別の生き物になっていく感覚にぞっとして、社長の目線を避けて、コーヒーのお代わりを注ぐために立ち上がった。