α御曹司に囚われた夜 ~αなのにヒートが起きて、好きでもない社長にいただかれました~
ソファに戻ると、なおも社長は言った。
「俺は、有能な部下を失いたくはない。あなたがαに戻れる道があるなら、それに協力したい」
αに戻れば、ただの上司と部下に戻る。社長は私との面倒ないざこざをしないで済むようになる。セックスとかマーキングとかの面倒ないざこざを。
社長はそれを望んでいる。
私に与えられた優しい手つきは社長としての義務の延長。
奥歯を噛みしめて、コーヒーカップを差し出した。
「心当たりは、私の家族です」
社長は驚いたようだったが、それについて何も言わなかった。
「協力が必要なときには助けを求めます」
「わかった。会社のスマホは常に持ち歩いてほしい。あなたには要職を任せてある。いつでも呼び出しには応じてくれ」
「わかりました」
乾燥機から社長の服を取り出した。少し縮んでしまった気がする。まあ金持ちなのだからどれだけ高い衣服だろうと、文句は言わないだろう。
社長の脱いだTシャツを受け取れば、無意識のうちに首に巻いてしまった。Tシャツに頬を摺り寄せる。
社長に見られて、その目が丸まったかと思うと、小さく吹き出した。私は慌てて、Tシャツを洗濯機に放り込んだ。
社長の匂いの残る服で、巣作り行為をしてしまった。私はあろうことか社長への好意をありったけに呈してしまった。絶望的な気持ちに陥った。
玄関まで見送ると、少しだけ考えるような間があったあと、あごをすくい取られた。
キスが落ちてきて驚いた。
え、どうして?
寝ぼけているわけでもないのに?
何度でも期待は膨らむ。
「じゃあ、花沢さん、くれぐれもΩの自覚を持って、気を付けて」
社長は義務を遂行したような顔つきだった。
その表情に期待は弾けて、ギリギリと胸を切り裂かれる。
そのキスは私にΩの自覚を持て、と注意を促すためのものだった。
私の醜聞は会社の醜聞。
コーヒーカップを片付けながら、思わず涙がこぼれた。
良かった。コーヒーにクロワッサンを添えたりしないで。朝ごはんを出すような彼女気取りな真似を、やらかさないで、良かった。