α御曹司に囚われた夜 ~αなのにヒートが起きて、好きでもない社長にいただかれました~



「A不動産所有者夫妻の息子との契約が済みました」



 社長室からフロアに出たところを捕まえて報告をする私を見て、社長はもの言いたげな目を向けてきたが、私は先に言った。

 昨夜、クビと言われたのに、きちんと仕事をしてきた。

 ちゃんと契約を決めてきたアピールだ。

 フロアにいるところを捕まえたのは、社長室で二人きりになりたくなかったからだ。



 昨夜のことはなかったことにしてもらいたい。

 いや、こっちは勝手になかったつもりでいる。

 しかし、社長にはそのつもりはなかったのか、私をじっと見つめて言った。



「詳しい報告は社長室で聞こう」

「私は、今日、午後休を頂いております」



 婦人科に行かなければならない。そのために重い体をひきずって、朝から契約に向かったのだ。

 社長は時計を見た。

 タイミングを見計らったおかげで、昼休憩の5分前だ。

 社長はそれでも引き下がらなかった。



「少しだけ話がある。社長室に来てくれ」

「ならばここでお願いします」



 私もまた引き下がらなかった。

 フロアには社員の目がある。社長も滅多なことは言い出せまい。

 たとえば、私がΩで、だからクビだ、などということは言い出せまい。

 性別は、特に第二性は、センシティブな話である。

 こうやって何とか逃げ続けて会社に居座ろう。そのうち、昨夜のことはなかったことになるさ。

 

「わかった。明日にしよう」



 明日は明日の風が吹く。



「では失礼します」



 頭を下げて早足でフロアを出た。



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