α御曹司に囚われた夜 ~αなのにヒートが起きて、好きでもない社長にいただかれました~
午後から、婦人科に行った。
婦人科の医師に尋ねてみることにした。
「あの、ですね。変なことを訊くんですが」
「変じゃありませんよ、気になることはどんなことでも訊いてください」
迷っていたものの、そんな答えを得て、思い切って口に出した。
「αでもヒートが起きるのでしょうか」
医師は、一瞬目を丸くしたが、すぐに思案深い顔になった。
「あなたはαなのにヒートが起きた。それで想定外の行為をしたから、ピルが必要になったのですね?」
医師はすぐに事情を組み立てたようだった。さすがピルを求めたときに、「いい年をした大人なのに」という非難めいた目線を向けなかっただけのことはある。
うなずく私に思案顔で説明する。
「最初の診断が間違っていたのかもしれません」
「なるほど」
そう言ってみたものの、どこか不足気な私の顔を見て、医師は、第二性専門クリニックを紹介してくれた。
勢いのまま、紹介を受けたクリニックに行ってみた。
「αにはヒートは起きません」
クリニックの医師は断言した。
「では、昨晩のは一時的なホルモンの異常か何かでしょうか」
「一時的なホルモンの変化が、つまりヒートです。通常のヒートであれば、異常とは言いません。異常なヒートでしたか、たとえば、肉体を傷つけあうほど求めあうとか」
「いえ、それは」
「ならば、通常のヒートだったのかもしれませんね」
「では、私はやはりΩだったと? 私は、中学と就職前の二回、第二性の性別検査を受けています。どちらもαの診断結果でした。性自認もαだし、ヒート中のΩに当てられた経験だってあります。何より、もう28歳です。誤診としても、最初のヒートが来るにしては遅すぎます」
「性転換が起きたのかもしれませんね」
「ええっ?」
「そんなケースが稀にあります。αは、一定量の威圧を受けると、Ωに性転換させられるのです。本当に稀なことですが」
威圧とはαの出す波動のことだ。大抵は近寄り難い雰囲気、といった程度だが、強いαの中には、威圧を向けた相手を気絶させるほどの力を持つ者もいる。
しかし、威圧は暴力と同じで、他人に向けて、使ってはいけないものだ。
「αは支配欲の強い性別です。敵対するαを従えようとして、威圧アタックを放つこともあります。受けた威圧がある量を超えた時点で、αのΩ化が起きる。そして、強いαは、敵対するαを、番にして一生飼い殺す」
その医師はそんな恐ろしいことを言った。
敵対するα。
そのとき、ふと顔が浮かんだ。憎悪に歪んだ顔。
「しかし、私は威圧を受けたことはこれまで」
ありません、そう言いかけて口ごもった。いや、ある。一度だけ大量の威圧を浴びたことがあった。 まさしく、威圧アタックと呼べるものを受けた。
しかし、その威圧を受けたのはもう十年以上も前のことだ。
「一定量とはどのくらいでしょうか?」
「αのΩ化には、数年から数十年かかる、と言われています」
「数十年………」
「ええ、Ω化には、敵対するαへの怨念や呪いのようなものがなければ起こせないでしょう」
「怨念や呪い………」
怖くなってぶるっと震えた。
「一応、第二性の検査をしますか?」
「お願いします」
「しかし、Ω化は稀なことです。おそらく、媚薬のようなものを飲まされて、ヒートだと勘違いしたのでしょう」
それを早く言ってよ。
どう考えても媚薬の線のほうが濃厚だ。
竜ケ崎社長にはストーカーじみたファンもいる。
気づかぬうちに、社長は媚薬を飲まされて、私が巻き込まれただけだったのではないか。
そう考えれば、「クビ」と言われたことに対して腹が立ってくる。
巻き込まれて抱かれたのだとしたら、そんなの、哀しすぎる。
やはり、あの夜のことはなかったことにしてしまうしかない。