伯爵令嬢のユスティーナは「無口で不愛想な氷の貴公子様」の婚約者を続けることにした
 セヴェリ様が無事に大人に戻り、役目を終えたので実家に帰ることにした。

「ユスティーナちゃんが居なくなると寂しくなるわ。このままここに住んでくれたらいいのに」

 エルヴァスティ公爵夫人は残念がってくれて、昨日はまた一緒にお茶をしてくれた。

 私の帰宅を残念がってくれる人が、もう一人いる。

「ユスティーナ、出発前に少し、時間をいただけませんか? 二人きりで話したいことがあるんです」
「ええ、いいですよ」
 
 セヴェリ様に連れられ、エルヴァスティ公爵邸の庭園の奥へと進む。

 薔薇のアーチをくぐり辿り着いた先には大理石でできた噴水があり、その周りには白色や黄色や珊瑚色の薔薇が咲いている。

 セヴェリ様にエスコートされて、近くにある長椅子に腰かけた。

「あ、あの……どうしましたか?」

 隣に座るのかと思いきや、セヴェリ様は私の手をとると、目の前で膝を突いたのだ。

「ユスティーナ、これからは、セヴェリと呼んでいただけますか?」
「え?」
「子どもに戻った時の私よりも、もっとあなたと心を近づけたいのです。白状すると、あの時の自分の方があなたと一緒に居る時間が長くて、嫉妬していますから」
「……っ!」

 当たり前のことだけど、子どもの頃のセヴェリ様の告白とは全然違う。
 愛情の中に込められた切実な気持ちが、強く心を揺さぶるのだ。

 完全に、不意打ちだった。
 
 水色の瞳を甘くして見つめられると、途端に頬が赤くなってしまう。

「ユスティーナ、私と結婚していただけませんか?」
「私でいいのですか?」
「あなたが伴侶として共に歩んでくれるのなら、それ以上の幸せはありません」
「ど、どうしてそこまで言ってくれるんですか?」

 セヴェリ様は口元を綻ばせた。

 その笑顔が、子どものセヴェリ様を彷彿とさせる。

「初めて出会った日、ずっと側に居てくれたユスティーナに、強く惹かれました。あの時に過ごした穏やかな時間は、私にとって宝物のような思い出で――、今でも鮮明に覚えています」

 セヴェリ様の話によると、初めて出会ったあの日、セヴェリ様はやはり風邪をひいていて。
 本当は、安静にしなくてはならない状態だった。

 とはいえ、風邪くらいで周りに心配をかけたくないと隠してしまい、その結果、さらに症状が悪化してしまっていたようだ。

 そうまでしてでも、周囲に弱い姿を見せてはならないと、幼い頃から叩き込まれた教えを守っていたようだ。

「あの時に見たユスティーナの眼差しや、口ずさんでいた歌声が忘れられなくて、気付けば夢中になってユスティーナの姿を追っていました。ユスティーナの明るい笑顔を守れたら、どんなにいいだろうかと、何度も願いました」

 やがてセヴェリ様は求婚しようと決心し、そのための準備に取り掛かった。
 その準備というのが――。

「どうにかして気を引けないだろうかと考えて、ユスティーナが好きな本に出てくる人物のように振る舞うことにしたのです」
「セヴェリ様……あ、セヴェリは、そのままでよかったのに……」

 すると、セヴェリは悲喜こもごもに苦笑する。

「そう言ってもらえて嬉しいです。本当は、もっと早くにこうして話すべきでした」
「ええ。私たち、少し遠回りしましたね」

 お互いを知るための、大切な遠回りだった。

 おかげで、これまで以上にセヴェリ様を身近に感じられるようになった。

 私の婚約者は無口で無器用な氷の貴公子ではなく――。
 優しくて、一途で、天使のような笑顔を見せてくれる人だ。

「ユスティーナ、不束者ですが、これからもよろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくお願いします」

 両腕を伸ばしてセヴェリを抱きしめる。

 子どものセヴェリ様は腕の中にすっぽりと収まったけど、大人のセヴェリ様は大きくて。
 私を腕の中に閉じ込めるようにして、抱きしめ返してくれた。

「ユスティーナ、愛しています」

 優しい囁きと共に、頬にそっとキスをしてくれた。
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