伯爵令嬢のユスティーナは「無口で不愛想な氷の貴公子様」の婚約者を続けることにした
 私は今、エルヴァスティ公爵邸から学園に通っている。
 
 エルヴァスティ公爵家の家紋があしらわれた馬車から私一人が出てくるものだから、みんな興味津々で見つめてくるのだ。

 初めは質問攻めに遭って大変だったが、今では少し落ち着いてくれた。

 子どもになってしまったセヴェリ様はというと、療養という名目で学園を休んでいる。
 私が学園にいる間はお屋敷でお留守番だ。

 周囲には、「セヴェリ様を看病するためにエルヴァスティ公爵邸に住んでいる」と説明している。

 そんな中、この国の王女――アレクサンドラ様に突然呼び出されてしまった。

「クレーモラ伯爵令嬢、少し時間をいただけて?」
「あ、も、もちろんです……!」

 アレクサンドラ様は幼い頃、セヴェリ様との婚約の話があったらしい。

 しかし、新しく同盟を結ぶ国の国王と結婚することになり、婚約は白紙になったそうだ。

 もしアレクサンドラ様がセヴェリ様に想いを寄せていたら、と恐ろしい想像をしてしまう。
 非常に気まずい呼び出し、かもしれない。

 心臓が早鐘を打ち続けているのを落ち着かせつつ、ついて行く。

 アレクサンドラ様は波打つ豊かな金髪が美しく、後姿さえも気品を感じさせられる美貌の王女様。

 宝石のような赤い瞳にはいつも強い意思が宿っており、王族としての威厳を感じさせられる容姿と立ち振る舞いで、他の生徒たちとは一線を引いているお方だ。

 私とは天と地ほどの差のある存在。
 以前から、そう思ってきた。

「――セヴェリ様との婚約を解消するべきですわ。相応しくないですもの」

 庭園の四阿《ガゼボ》で二人きりになった途端に、宣戦布告のように言い渡される。
 思わず身構えてしまった。

 アレクサンドラ様の意見に賛成だ。
 家柄も容姿も完璧なセヴェリ様に、弱小伯爵家出身の私が似合うはずがない。

「私もそう思っておりました。なんせ私は平凡で――」
「あなたのような品位があり優しく気高い女神のようなお方は、あの朴念仁には勿体ないですわ!」
「……はい?」

 罵られるのかと思いきや、アレクサンドラ様は何故か私を褒めた。

 本当に私のことを言っているのか疑わしくなってしまったくらい、聞き間違いかと思ってしまったくらい、わっしょいと持ち上げられてしまった。

 困惑していると、アレクサンドラ様はずいずいとにじり寄って来る。

「どうでしょう? この際、セヴェリ様を捨ててわたくしの兄の婚約者になっていただけませんこと?」

 兄!
 すなわち王太子殿下!

 絶対にめんどくさ……絶対に私なんかが婚約者になっていい相手ではない。

「め、滅相もございません。私に王太子殿下の婚約者は務まりません!」
「いいえ、寧ろ兄でももったいないくらいですわ。一万歩――いいえ、一億兆歩譲って、兄にならユスティーナ様を任せられますわ!」
「あ、あの……」
 
 どうして王太子殿下に私を任せようとしているのだろうか。

 話が見えなくて、ただただ困惑する。

「――あら、わたくしとしたことが、ついお名前で呼んでしまいましたわ。許していただけて? これからは、ユスティーナ様と呼んでもよろしくて?」
「あ、はい。大丈夫です……!」

 気付くべきはそこではない気がするが、指摘できなかった。
 さらには、上目遣いでお願いされると、自然と首を縦に振ってしまう。

 どうしよう。

 アレクサンドラ様の様子がおかしい。

 頬を上気させ、恋する乙女のような表情で見つめてくるのだ。

「え、ええと……、お気持ちは嬉しいのですが、私には身に余るお話です」
「謙遜もほどほどにしてくださいませ。ユスティーナ様が国を支えてくれたらいいのにと、ずっと願ってきたのですよ?」

 何故か、私への好感度が高過ぎる。

「あの、どうしてそのように思ってくださるのですか?」
「以前、ユスティーナ様に救われたことがあったからですわ」

 アレクサンドラ様はそっと目を伏せた。

「わたくし、うんと年上の殿方との婚約が決まっているでしょう? この学園を卒業したら異国に一人で――それも、お父様よりも年上の殿方に嫁ぐのが不安で泣いていた時に、ユスティーナ様が側に居てくださったのがとても嬉しかったですの」
「……!」

 あの時のことを、アレクサンドラ様は好意的に覚えてくださっていたのは意外だ。
 私としては、余計なことをしてしまっていたのかもしれないと、後悔していたから。

 私は昨年の秋の初めに、アレクサンドラ様と二人でこの四阿《ガゼボ》に居合わせたことがある。

 それは、アレクサンドラ様が異国の王様との婚約が決まってすぐのことだった。

 四阿《ガゼボ》で本を読んでいると、アレクサンドラ様がやって来た。

『……』
『……あ、あの。お邪魔でしょうから私は他の場所に行きますね』

 そそくさと退散しようとした私に、アレクサンドラ様は顔を顰めた。

『その必要はなくってよ。わたくしは空いている場所に座るから好きにしていなさい』
『は、はい……!』

 しかし、アレクサンドラ様は座るなり泣き出してしまったのだ。
 どうしたらいいだろうか、と必死で考えを巡らせた。

『あの……だ、大丈夫……ですか?』
『大丈夫なら泣いていなくてよ』
『そ、そうですよね……ごめんなさい……』

 だけどその時、アレクサンドラ様を独りにして離れるのは気が引けて、そのまま居座ったことがある。

「ユスティーナ様のような方がお義姉様になってくれたらいいですのに……」
「あ、あの。私はセヴェリ様の婚約者なので、お義姉様にはなれないのですが……その、友だちになら、なれます」
「友だち……! なんて甘美な響きですの!」

 アレクサンドラ様は花のような美しい笑みを浮かべ、私の手を取る。

「ユスティーナ様、困ったことがあればいつでもわたくしを頼ってくださいね。友だちを助けるのは当然のことですわ!」
「あ、ありがとうございます」

 図らずも最強の友人ができてしまった。

「セヴェリ様が嫌になったらいつでも、わたくしに話してくださいませ。兄に紹介しますから!」
「私はセヴェリ様をお慕いしていますので、結構です……!」

 口を衝いて出てきた言葉に、我ながら驚いたのだった。
 以前の私なら、セヴェリ様を「お慕いしている」なんて、言わなかっただろう。

 その後、エルヴァスティ公爵邸に帰宅すると、セヴェリ様が出迎えてくれた。

「ユスティーナお姉様、おかえりなさい!」
「あら、嬉しそうな顔をしていますね。なにかいいことがあったんですか?」
「大好きなユスティーナお姉様が帰ってきたのですごく嬉しいです!」

 セヴェリ様は幸せそうに微笑んで告白してくれる。
 彼の言葉を聞いていると、胸の奥に温かなものが広がっていくのを感じた。
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