伯爵令嬢のユスティーナは「無口で不愛想な氷の貴公子様」の婚約者を続けることにした
 エルヴァスティ公爵邸に居る間は、一人でいるとすぐにセヴェリ様がやって来て、一緒に過ごすことが多い。

 今も書庫の長椅子に二人で腰掛け、それぞれ好きな本を読んでいる。

「ユスティーナお姉様はどのような殿方が好きですか?」

 読んでいた本から顔を上げると、セヴェリ様が真剣な表情でこちらを見ている。

「え、えっと……急にどうしたんですか?」
「ユスティーナお姉様の好みの殿方になりたいのです。教えてください!」
「好み、ねぇ……」

 私は手元の本に視線を落とす。
 今夢中になって読んでいる、恋愛小説に。

「寡黙であまり笑わない、常に淡々としていて冷静な人、でしょうか?」

 恋愛小説は何冊も読んできたが、惚れこんでしまう男主人公は決まってそのような性格なのだ。

 ……思えば、大人のセヴェリ様は私の好みを体現したような人、なのかもしれない。

 だけど、そんな彼のことを「無口で無愛想」だと思ったのだ。
 小説の中の好みが現実でもいいとは限らないと実感する。

「寡黙であまり笑わない、常に淡々としていて冷静な人……僕、頑張ってそうなります」
「ええ~?! セヴェリ様は今のままで十分魅力的ですよ?!」
「でも、ユスティーナお姉様の好みではありません」

 頬を膨らませて抗議するのが可愛らしい。

 必死になって、私の好みに合わせようとしてくれているなんて、なんと健気な生き物なのだろうか。

(本当にこの子が、セヴェリ様なのよね……?)

 幼い頃に彼と出会っていたら、私たちの関係は変わっていたのかもしれない。
 そんな、ありもしない可能性を考えてしまった。

「小説の中だから、そのような殿方に魅力を感じるのですよ。現実で冷たい態度で接してくる人に対して好感を持てませんから」

 だって、冷たい態度で接してきた大人のセヴェリ様を好きになることは、できなかったのだから。

「セヴェリ様が笑いかけてくれないと悲しくなってしまいます。だから、私には優しく笑いかけてくださいね?」
「でも、ユスティーナお姉様の好きな殿方とは違いますよ?」

 小さな婚約者は不服そうに唇を尖らせる。

 理想的な婚約者でありたいと、必死で考えてくれているのが純粋で健気で。
 ひたむきな愛情を感じる。

「考えてみてください。現実で無視されたり睨まれたりすれば、嫌われているかもしれないと思ってしまうでしょう?」
「……うん。ユスティーナお姉様に無視されたら、とても悲しい」

 想像しただけで悲しくなったようで、くしゅんとした表情で項垂れてしまった。
 素直な反応を見せてくれるセヴェリ様が愛おしい。

「私は、私に素直な気持ちを伝えてくれるセヴェリ様が大好きです。だからセヴェリ様は、今のままでいいんですよ」
「本当に?」
「ええ、嘘ではありません」

 もし、セヴェリ様がこの先子どものままだったら、いつか私は彼との婚約を解消しようと思っている。
 セヴェリ様は年近い令嬢と結婚した方が良いだろうから。
 
 優しいセヴェリ様でいた方が、次の婚約者と良好な関係を築けるだろう。

(その方が私もセヴェリ様も幸せになれると思うのに……、どうして、寂しく思うのかしら?)

 彼が私以外の誰かに優しく微笑んでいるのを想像した時、何故か、胸がツキンと痛んだ。

「ユスティーナお姉様、僕のことを好きでいてくれますか?」

 セヴェリ様は、よもや私が婚約破棄のことを考えているとは想像すらしていないようだ。

 澄んだ水色の瞳を瞬かせ、無邪気に問いかけてくる。

 「大好き」と、「愛してほしい」が織り交ぜられた、純粋で一途な愛情を、向けられている。

「――ええ、これからもずっと、セヴェリ様のことが好きですよ」
「僕もユスティーナお姉様のこと、ずっとずっと大好きです!」

 にこっと微笑んでくれる笑顔が眩しい。

 そんなセヴェリ様が、手を伸ばしても届かないような、ずっとずっと遠くにある眩しい太陽のように思えた。
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