伯爵令嬢のユスティーナは「無口で不愛想な氷の貴公子様」の婚約者を続けることにした
 エルヴァスティ公爵夫人のお誘いで、二人でお茶をすることになった。

「ふふ、セヴェリったら、私がユスティーナちゃんを独り占めしたから、不機嫌だったわね」

 ついて来ようとしたセヴェリ様の、拗ねた顔を思い出してしまった。

 エルヴァスティ公爵夫人も思い出しているようで、口元に扇子を添えて優美に微笑んでいる。

「子どものセヴェリと上手くやっているみたいね」

 お屋敷の中にある美しい温室の中に置かれている透かし彫りのテーブルセットに広げられているのは、目でも楽しめるほど可愛らしい作りのお菓子たち。

 これらはエルヴァスティ公爵夫人が私の為に用意してくれたらしい。
 もうすぐで婚約破棄になるかもしれない私に良くしてくださるなんて申し訳ない。

「ええ……。正直に言うと、彼と話す度に戸惑うこともあります。子どものセヴェリ様は……大人のセヴェリ様とは雰囲気が違いますので」

 子どものセヴェリ様は明るくて無邪気で、大人のセヴェリ様は寡黙で冷淡。
 太陽と月の如く、双極を成している。

 本当に同じ人物なのか、疑わしく思うくらいに。

「そうねぇ。私たちも、久しぶりに明るいセヴェリを見て胸に来るものがあったわ。公爵家の当主としての教育が本格的に始まってからは、あの子には随分と負担をかけさせてしまったから」

 当時の事を思い出すかのように、どこともない一点を見つめる。
 その瞳には寂しさと哀れみが込められている。

「幼い頃から縁談の話がたくさん来ていたから、私たちは焦ってしまったのよ。次期当主としての心構えを持つよう、徹底的に教育したわ。あの子はそれに応えて、無邪気さを封印して自分の心を殺すようになってしまった」
「……そう、だったんですね」

 早く自立しなければならない。
 早く父親のようにならなければならない。
 誰よりも完璧にならなければならない。

 全ては、公爵家を守るために――。

 いつしか、天使のように微笑んでいたセヴェリ様から微笑みが消えた。
 心からの笑みを見せなくなってしまったそうだ。

「私たちは家のことばかりを考えすぎてあの子の笑顔を奪ってしまったの。その事に気付いて、私も夫も反省したわ。だからね、いろいろあったのだけど、せめて伴侶だけはあの子の自由にさせようと決めたのよ」
「もしかして……私との婚約は、セヴェリ様お一人で決められたのですか? お二人にご相談も無く?」

 まさか、完全に独断で決めたわけではないだろう。
 自由とはいえ、貴族の結婚には貴族としての責任がつきものなのだから。

 よく話し合って、決めたはずだ。

 しかし、私の予想は簡単に覆されてしまった。

「そうよ。あなたに求婚した後に聞かされたもの」
「ええっ?!」

 大きな声を出してしまい、慌てて扇子で口元を隠す。

 エルヴァスティ公爵夫人が、悪戯っ子のようにニヤリとした笑みを見せた。
 彼女は芝居がかかったような動きで左右をに視線を巡らせると、内緒話をするような仕草をする。

「セヴェリはね、ペリウィンクル王立学園でユスティーナちゃんに一目惚れしたのよ」
「……はい?」

 衝撃の新事実に、もはや頭の中がいっぱいいっぱいだ。

 それが本当に事実なのかどうか、疑わしい。

「本当よ。あなたと出会った日は、久しぶりに嬉しそうな顔をしていたわ。だから、私も夫も――使用人たちも、みんな喜んでパーティーを開いたくらいよ」
「そんな事が……あったんですか?」
「ふふふ、まだ信じられないようね」

 申し訳ないのだけど、俄かには信じられない。
 
 だって、セヴェリ様は私と顔を合わせると眉間に皺を寄せるし、私と話したがらなかったのに――。

「これだけは、知っていて欲しいの。セヴェリはあなたと出会ってから、毎日楽しそうにしていたのよ」
「……」
「あの子、あなたに片想いをして、甘酸っぱいことを考えていたわ。どうやったらあなたに好いてもらえるか、ずっと悩んでいたのよ」
「悩んでいたんですか? セヴェリ様が?」

 セヴェリ様が一番しなさそうなことだ。

 私なんかの為に、本当に、悩んでいたのだろうか。

 私なんかに、好かれるために――。

(……いや、セヴェリ様は、そういうお方だわ)

 数日前、子どものセヴェリ様が私の好みを聞いてきたように、大人のセヴェリ様も、私の好みを知ろうとした……のかも、しれない。

「ええ。あなたに好いてもらえる殿方に成れるように、毎日恋愛小説を読んで研究していたわ。あなたが図書館で借りた本を調べて、すべて読んでいたそうよ。我が息子ながら健気よねぇ。柄にもなく眉間に皺を寄せてみたりしちゃって、必死だったのよ?」
「あ、あの。セヴェリ様が読んでいた本の題名を覚えていますか?」

 どくどくと、心臓が脈打つ音が耳に届く。

「ええと……、『冷血王子の最愛』だったかしら?」
「そ、そんな……!」

 それはまさしく、私が一番好きな恋愛小説だ。

 男主人公である王子様は冷淡でぶっきらぼうで無口で。
 主人公の令嬢を愛しているのに素っ気ないのだ。

「もしかして、セヴェリ様は……」

 私の為に、敢えてあのような態度をとっていたのかもしれない。

 唐突に知らされたセヴェリ様の愛情の深さにただただ言葉を失う。

 手元に視線を落とせば、ティーカップの中で揺れる琥珀の水面に、惨めな表情の私が映っていた。
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