アラフィフ・ララバイ
なんか嫌な予感。

確か、この部屋を出てすぐ隣にトイレがあったと思う。

急いでトイレの場所を確認すると、母を介助しながら向かった。

まさかだよね。

うん。

まさかのまさかだ。

時計に目をやると、丁度開演時間だった。

私の大好きな真っ暗闇から一瞬にして夢の世界に引き込まれる時間。

ジャーと水の流れる音がトイレの外で待っている私まで微かに聞こえてきた。

あまりにも舞台とは対照的な現実へ引き戻される音。

扉が開き、笑顔の母が現れる。

「最近便秘気味でねぇ。ようやくすっきりしたよ」

母の笑顔に返す言葉を失う。

よかったよね。うん、大したことなくて本当に。

なんて正直言える気分じゃなかった。

開演時間を過ぎたってことは、もうはやその舞台の世界との溝が深くなっていくってこと。

涙が出てくる。

「お母さま、その後いかがですか?」

冴木さんが戻ってきた。

母の様子を見て、全てを理解したのか、笑顔だ。

「さっきはすみませんねぇ。トイレに行ったらすっきりしました」

はぁ~。

こんなイケメンの前でトイレですっきりだなんて。

我が母ながら恥ずかしくて、顔が上げられない。

「それはよかったです。私も安心しました」

それなのに、冴木さんは優しく母に微笑んでいた。

ありがたいよ、全く。

だけど、開演時間過ぎちゃったらもう入れてもらえないよね。

二幕前の休憩まで、きっと無理だ。

そうじゃなきゃ、最初から観てる人に申し訳ないもの。

扉が開いて誰かが入ってくるなんて言語道断。

夢の世界が一瞬で現実に覆われちゃう。


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