アラフィフ・ララバイ
時計に目をやると開演してから、五分が経過していた。

今すぐならば、目の前の溝を飛び越え、なんとか夢の世界に追い付けるだろう。

だけど、そんな不謹慎なこと、口が裂けても言えない。

「少し遅れちゃったけど今から入らせてもらえますか?」

え?

すっきりした笑顔で母は、一寸の躊躇もなく冴木さんを見上げていた。


嘘でしょ?!

だけど、私が言えないことを言ってくれた母に僅かに感謝しながら、冴木さんの顔を見上げる。

腕時計に視線を落とした冴木さんは、口元についた小さなマイクロフォンに小声で何か言いながら、額に手を当て頷いた。離れた場所にいる誰かと交信しているのだろう。

そして、ふいに私に顔を向けると優しく微笑んだ。

「お座席の確認をさせて頂きたいので、チケットの拝見よろしいでしょうか?」

「あ、は、はい!」

慌てて、バックからチケットを取りだし冴木さんに渡した。

この流れってまさか......まさか?!

そして、冴木さんは再びマイクロフォンを口に近づけ言った。

「二階席、D-205です。......はい、わかりました。では今から向かいます」

そう言うと、私にチケットを返しながら、満面の笑みを向ける。

「よかったです。今すぐならお席にご案内できそうです」

「本当によろしいんですか?」

小躍りしそうになる自分を必死に押さえ、母の腕をぎゅっと握りしめた。

「さぁ、早く向かいましょう。お席近くの扉までご案内します。中に別のスタッフがおりますので、座席までご案内させて頂きます」

「何から何まですまないねぇ。ほんとありがとね」

母もさすがに申し訳なさそうに頭を下げた。
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