婚約破棄された者同士、円満に契約結婚いたしましょう。
21.止まない雨
「今日も雨が降り止みませんね……」
「ええ、困ってしまいます」
エンティリア伯爵家で一夜を明かした私は、空を見上げながら悩んでいた。
昨日から降り続いている雨は、一向に止む気配がない。今日の朝にはこちらを出発したかったのだが、悩んだ結果延期にした。
いくらなんでも、雨の勢いが強すぎるのだ。この雨の中を進むことは、非常に困難である。事故などの可能性が、恐らく跳ね上がるだろう。
「まあ、こちらとしては何日泊まっていただいても構いませんから、とにかく安全になるまで待った方が賢明です」
「そうさせてもらえると、ありがたいですけれど……」
「本当に気にしないでください。父上や母上も、リーンもルメティアも、あなたを歓迎していますから」
「……ありがとうございます」
エンティリア伯爵家の人々は、私を温かく迎え入れてくれている。それは、これまで接してきてわかっていることだ。
しかし、それでも申し訳なかった。本来であれば、もう家に帰っているはずの客人がずっと居座り続けるのは、彼らにとってそれ程心地よいことではないだろう。
「……アノテラさん、言っておきますが、僕はあなたが行くと言っても止めますよ。縋りついてでも、行かせるつもりはありません」
「ラルード様……」
「雨というものは、非常に危険なものです。それをあなたにもわかっていただきたい。迷惑だとかそういう問題ではありません。これは命に関わることなのです」
ラルード様は、とても真剣な表情をしていた。
私はそれに、少し驚いてしまう。彼の言葉が、非常に強いものだったからだ。
「ラルード様、失礼ながら過去に何かあったのですか? 雨にまつわる何かが……」
「ええ、ありました。それは別に隠しておくべきことではありません。そうですね。丁度いい機会ですし、お話ししましょうか」
そこでラルード様は、私に座るように促してきた。
彼の話に興味があったので、私はすぐに椅子に腰かける。
するとラルード様は、その対面に座り、人差し指をそっと突き立てた。
「これはある種の教訓の一つです。僕はかつて父とともに、ライナック山という山に登りました。登山というもので自らを高める。それはエンティリア伯爵家に伝わる伝統のようなものでした」
「山、ですか?」
「ええ、そこで僕は雨の恐ろしさを体験しました。いいえ、これは自然の恐ろしさといってもいいかもしれません」
ラルード様は、沈痛な面持ちをしていた。
それだけ彼にとって、その体験は恐ろしいものだったのだろう。
それがわかったため、私は少し姿勢を整える。これは、心して聞くべきことだと思ったからだ。
「ええ、困ってしまいます」
エンティリア伯爵家で一夜を明かした私は、空を見上げながら悩んでいた。
昨日から降り続いている雨は、一向に止む気配がない。今日の朝にはこちらを出発したかったのだが、悩んだ結果延期にした。
いくらなんでも、雨の勢いが強すぎるのだ。この雨の中を進むことは、非常に困難である。事故などの可能性が、恐らく跳ね上がるだろう。
「まあ、こちらとしては何日泊まっていただいても構いませんから、とにかく安全になるまで待った方が賢明です」
「そうさせてもらえると、ありがたいですけれど……」
「本当に気にしないでください。父上や母上も、リーンもルメティアも、あなたを歓迎していますから」
「……ありがとうございます」
エンティリア伯爵家の人々は、私を温かく迎え入れてくれている。それは、これまで接してきてわかっていることだ。
しかし、それでも申し訳なかった。本来であれば、もう家に帰っているはずの客人がずっと居座り続けるのは、彼らにとってそれ程心地よいことではないだろう。
「……アノテラさん、言っておきますが、僕はあなたが行くと言っても止めますよ。縋りついてでも、行かせるつもりはありません」
「ラルード様……」
「雨というものは、非常に危険なものです。それをあなたにもわかっていただきたい。迷惑だとかそういう問題ではありません。これは命に関わることなのです」
ラルード様は、とても真剣な表情をしていた。
私はそれに、少し驚いてしまう。彼の言葉が、非常に強いものだったからだ。
「ラルード様、失礼ながら過去に何かあったのですか? 雨にまつわる何かが……」
「ええ、ありました。それは別に隠しておくべきことではありません。そうですね。丁度いい機会ですし、お話ししましょうか」
そこでラルード様は、私に座るように促してきた。
彼の話に興味があったので、私はすぐに椅子に腰かける。
するとラルード様は、その対面に座り、人差し指をそっと突き立てた。
「これはある種の教訓の一つです。僕はかつて父とともに、ライナック山という山に登りました。登山というもので自らを高める。それはエンティリア伯爵家に伝わる伝統のようなものでした」
「山、ですか?」
「ええ、そこで僕は雨の恐ろしさを体験しました。いいえ、これは自然の恐ろしさといってもいいかもしれません」
ラルード様は、沈痛な面持ちをしていた。
それだけ彼にとって、その体験は恐ろしいものだったのだろう。
それがわかったため、私は少し姿勢を整える。これは、心して聞くべきことだと思ったからだ。