婚約破棄された者同士、円満に契約結婚いたしましょう。

23.無力な人間

「えっと、それでラルード様はどうなったのですか? 無事、助かったのですよね?」
「ええ、幸いにも雨が止んでくれたんです。僕達は震える体をなんとか動かして、正規のルートに戻りました。そして、一目散に下山したのです。かなり運が良かったといえるでしょうね。偶然が重なって、僕達は助かったのです」

 ラルード様は、そこで苦笑いしていた。
 一歩間違えれば、命を落としていたかもしれない。それは苦い経験所の話ではないが、それでも彼は笑みを浮かべていた。

「……ラルード様、お陰様で雨の恐ろしさというものがよくわかりました。この中を進むというのは、非常に危険で困難な道なのですね?」
「ええ、山でなくとも危険なことに変わりはありません」
「私は、命を投げ出そうとは思いません。だから、いつまでになるかはわかりませんが、このエンティリア伯爵家にお世話になります。どうかよろしくお願いします」
「ええ、もちろんです。こちらは大歓迎ですよ」

 私は、ラルード様にゆっくりと頭を下げた。
 彼の話のおかげで、私は命拾いしたといえるかもしれない。とにかく今度は、雨を舐めないようにしよう。そう思った。

「……それにしても、山というのは恐ろしい場所なのですね? 私は登山をしたことがありませんが、判断を間違えるととても危うい場所だと感じました」
「その通りですね。当時の僕達は、それをまったくわかっていませんでした。雨が降り始めた時から、判断ミスの連続です。あれから登山はしていませんが、もしも今後山に登ることがあったら、僕はあらゆる状況に対応できるように備えをします。道具と知識が必要だと思いますから」
「伝統は、これからも続けていくのですか?」
「どうでしょうね……それはまだわかりません。父上も、特に何も言っていませんし、それは僕の判断ということになるのかもしれませんね」

 登山によって自らが高められるのは、恐らく間違いないのだろう。
 ラルード様は色々と失敗した訳ではあるが、それでもそこから様々な教訓を学んでいる。当初の目的は、一応果たせているのだ。
 ただ、それが危険なことであることは間違いない。その辺りをどう判断するかは、次期当主である彼ということなのだろう。

「まあとにかく、人間というものは自然には敵いませんね……こうやって家の中で暮らしていると忘れてしまいそうになりますが、僕達はひどく無力です。きっとそれは、胸に刻みつけておかなければならないことなのでしょうね」
「ええ、そうですね……」

 ラルード様の言葉に、私はゆっくりと頷いた。
 人間は自然には勝てない。それは確実なことだ。私もそれを忘れないようにしよう。
< 23 / 34 >

この作品をシェア

pagetop