バー・アンバー 第一巻

一杯おごるよ

だいじょうぶ?というのはまさか俺の懐具合ではあるまい。いくら何でもウイスキー・ダブル2杯で4000円と思しき勘定を俺が払えぬとは見ないだろう。すれば俺の酔い加減か何かのことだ。その〝何か”に俺は掛けた。「だいじょうぶ、だいじょうぶ。俺は悪酔いはいっさいしないから。むしろ飲むと陽気になる方でね。もっとも強くはないから、もし潰れたら介抱をお願いするかも。ハハハ」。ママは…というか、これからはミキと呼ぼうか。文字通り肌感覚の接待を受けておきながら他人行儀な綴り方もないもんだ。で、そのミキが「ウフフ、そう?それなら安心…じゃあ、どうしようかなあ。私の、ここのお店の秘密、教えちゃおうかなあ。田村さんならやさしそうだし…」と汚れてもいないカウンターをダスターで拭きながら躊躇気に云う。「そう、そう、それよ、それ!ダントツでやさしいから、俺は。それにさ…俺が聞屋だからって心配しなくていいよ。この店の営業方針とか、君個人の秘密とかいっさい口外するつもりはないから。もう先(せん)からの至れり尽くせりで感激しまっくって、もう、君にぞっこん!ね?だから教えて」と入れ込んだふうに俺が聞く。
それでも足らずに「それでミキ、ダブルもう一杯頼むよ」とたたみかける。「え?もう一杯?だって、まだそれ飲んでるじゃない」と云うのに「いや、だからさ、君に一杯おごるよ。素面じゃなかなか話し憎いでしょ?ね?一杯と云わずにドンドン行って。好きなだけ」「まあ、気前がいいのね。田村さん。それじゃあドンドン、一杯だけ頂くわ」の言葉に俺はズッコケてみせる。
pagetop