バー・アンバー 第一巻

ん?この店は…?

こんな無味乾燥な人生であればタバコだけが唯一の憩いであり、それゆえタバコは俺の生涯の友だったし、伴侶とも云えるのだった。人に聞けばその伴侶(つまり女房のことだが)にもいつかは飽きが来るという話だが、実は今は俺もその口で、もういい加減でタバコを止めたいのだ。がしかし…ふふ、離縁などそうそう安直に出来るものではないっちゃ…。
 ところでいま俺の目の前には、向かいの路地角に当たる所だが、安直なレタリング文字で書かれたバー・アンバーという名の店があった。窓も何もない、店のデコレイトさえもしていない、ドアに記されたバーの文字がなければ廃業した何かのショップとしか見えないような代物である。事実レタリング文字の下には金券交換所なる前のオーナーの稼業名が薄く透けて残っていた。思わず笑みを浮かべながら俺は『ふふ、こんな店じゃあ、さぞや生活苦の滲んだ年増のママが待ち受けていることだろうさ。ふふ、ま、それもいいけどな…』などとモノローグし、フィルター近くまで短くなったわかばを携帯灰皿に押し消して立ち去ろうとした。がしかし、この時中通りの方からコツコツと云うハイヒールを踏む音が聞こえて来、眼前の路地角を曲がって一人の女が現れた。
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