バー・アンバー 第一巻

オレは阿部寛か草なぎ剛か?

不審に思った俺が「なんだいミキ、その携帯は君のじゃないのかい?」と聞くのに「そ、そう。私のじゃないのよ。ちょっと待っててね。えーっと、080の75✕✕✕」と懸命な様子。「いいよ、いいよ、ミキ。暗記なんかしなくったって。いま紙に書いて渡すよ」胸ポケットから手帳を取り出し一枚を引きちぎって書こうとするのに見咎めたミキが「いいのよ、田村さん。紙も何も、わたし持って帰れないから…」と云って止め、さらに数秒番号を覚えるふうにしてから「はい、大丈夫。覚えたわ。080の✕✕✕、080の✕✕✕」と何回も諳んじてみせる。そのあとニッと笑ってから、右手で胸をさすり、何やら大仰に安堵した風を見せた。さきほどの乳房の感触を思い出して不謹慎ながら欲情もするのだが、それよりそんなミキがいじらしく思える。それはさきほど2回目の電話がかかってくる前に見せた「わたしは寂しいのよ!怖いのよ!」と激白するミキを目撃して以来そうなのだが、しかしそれにしてもこの電話番号の暗記というのはいかにも変だ。単にメモを受け取ればいいのになぜ?と質そうとも思うが止めておく。電話をよこしたアイツがこのまま捨て置くとは到底思えないからだ。恐らく事は切迫しているのだろう。すべからく、且つ早急に、ミキやこのバーの諸々の疑問点を糺したいところだ。しかしそこを敢て悠然と装い「おいおい、ミキ。俺の携帯番号を知ってそんなに嬉しいかい?ハハハ。まさか俺を阿部寛か草なぎ剛とは見れないだろうにさ」などとミキの気持ちを落ち着かせようとする。と云うのも今のミキは泣き笑いと云うか、半べそをかいたような状態なのだ。それに切羽詰まったような焦りがあって、入店当初の妖艶なママなどではもはや悉皆ない。
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