バー・アンバー 第一巻

田村さん、逃げて

「えー?あ、あべひろし?くさなぎ何とかって…わたし知らない。そ、それより田村さん…あなた、逃げて」
「え?何だって…?逃げる?ハハハ。なぜ俺が逃げねばならないんだ?」などと強がっては見せたがその実俺も前述した次第でヤバイとはもとより感じているのだ。それは俺とミキの両方にとってだがしかしその度合いはミキの方が強いように思える。冷静に考えるならボッタでは?という経緯からしてヤバイのは俺なのだ。それにも拘らずそのボッタ側であるべきミキに危険を感じるのはここが、このバー・アンバーが、ボッタなどではなく、何か、何某かの秘密を帯びた、敢て云えば〝異次元〟スポットのように思えるから。そして云わずもがなその異次元の主こそ眼前のミキであって、またそれであるなら次元の差異から云って危険なのはミキということになる。こう云う分けがお分かりだろうか?詳述している暇がないのでこうとだけ云っておこう。諸氏は現実の恐怖と夢中の恐怖とではいったいどちらにより恐怖を感じるだろうか?夢とは三次元の鈍感を越えた世界であり、すべての感覚が精鋭で超常的となる。そして夢とはまさしく異次元(四次元以降)の世界なのだ。夢なら「ああ、怖かった」で三次元現実世界にバックできるが、逆にその異次元世界から束の間この三次元物質世界に来た(というか逃れて来た)者であるならその帰還はすなわち恐怖への帰還となる…。
 そのような恐怖を抱く者としてミキを感じる。理屈ではなく共有された感覚として。しかしそれにも拘らずミキはいま俺に逃げろと云う。そんなミキに俺はなお感じ入るしかない。逃げろと云われても君を置いて行けるかよ、ミキ。
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