バー・アンバー 第一巻

ワタシ…ワタシ、イカナイヨ!

ミキが俺のわきをスルリと抜けてドアのサムターンを廻しそれを内側へと開けた。そこにはふくれっ面をしたママが仁王立ちしていて「こら、ミキ。合鍵で踏み込んでもよかったんだよ」とミキにもの申した。ダッフルコートはいつの間にか脱いでいたがその分スカートの下にスラックスパンツというダサさが目立つママ。背後の俺を忌々し気に睨むと「お客さん、ミキはこれから特別なお客さんのところに専用ホステスとして行くんですよ。このお店だってこの時間帯は普通は閉まっててね、余程の客でない限り貸し切りで使わすことはないの。まったく…このミキは上玉、特別なんですよ。あんたがどんな人だか、私はまだ知らないんでね…」とあてつけがましくのたまわった。俺は『ほ、ほう…』とばかりママの言葉を頭の中にメモをする。苛立ちさ加減と云いこれは本音であり、たぶん真実だろう。今後への重要な手がかりになる。「ああ、わかった。ママさん、すまない。時間を取らせて。じゃ、とにかく会計をしてくれ。ミキがいなくなるんだったら俺もこれ以上ここにいる気はないんだ」と云うのにママではなくミキが「聞いたでしょ、ママ。田村さんも…あ、いや、お客さんもお帰りになるって。わたし最後にお会計を清算して行くわ」と口をはさむ。しかしママはふくれっ面をなおふくらませて「なーに云ってるの!もうこれ以上一秒でもパパを待たせられないわよ!おいで、ミキ」と云いざまミキの手首を引っつかんで引っ立てようとする。だがミキは腰を引いて抗いながら「イ、イヤダ。チョッ、チョットマテヨ!ワタシ、タムラサンノカイケイ、ドーシテモスマセテイクヨ!ジャナカタラ、ワタシ…ワタシ、イカナイヨ!」
と抗弁して聞かない。
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