バー・アンバー 第一巻

ミキの執念

山口が云ったヤー公というのは俺がミキに口走ってしまったことで、俺がブログで、あるいはユー・チューバーとして主張、特集した内容に、某ヤクザ組織が因縁をつけてきているのだ。その経緯はいづれ後述しよう。いや、待てよ、相手はいくらでも相談に乗ると云ってくれたミキの方がいいかな?ま、それは冗談だが…。さてとハチ公広場の人だかりを抜けて駅に向かおうとしたところで肝心要なことを思い出した。やおら内ポケットから手帳を取り出すと練馬ナンバー✕✕✕✕と書き込みそれ仕舞って今度は右側のポケットからミキからもらった領収証を引っ張り出す。その裏面を見ると果してそこには〝サマンサ・クリニック〟〝巣鴨やくざ××組〟と走り書きで記されている。「ほ、ほう」とばかり俺は心中で唸った。ミキの機転のよさと、その執念の業に感心したのだ。これは調査する上でとんでもない手がかりとなる。車のナンバーから住所を割り出すのはきついなと危惧していたのでもしかしたらそれが省けるかも知れない。「サンキュー、ミキ。待ってろよ。この世で君のために動けるのは俺だけだ。次に会うまでには必ず調べ上げてやるぜ」と意気込んだが、しかし同時に調査するほどヤクザの締め付けはきつくなるだろうなと危惧されもする。ただでさえいま俺にカマシをかけているヤクザだけでもうざったいのにその上…ということだが、かまうものか乗りかけた船だとばかり褌を締めなおす俺だった。さても此処の喫煙所に来てからいったい何本目のタバコになるのかフィルター近くまで短くなった煙草を携帯灰皿に消すと、その縁まであふれた吸い殻の山をスタンド灰皿に捨てて、俺はやおら109の階段を降りて行った。マスクを掛け直した顔に何やら黴臭いひんやりとした風が吹いてくる。何か重たい風だなと思った刹那降りて行く階段のわきにたたずむ一人の女の姿を俺は確認した。
pagetop