バー・アンバー 第一巻

紡ぎ歌

そこへ俺を誘い無理にでも横たわらすと「さあ、この上でお寛ぎください。お休みください。ご主人様。わたしが紡ぎ歌を歌ってさしあげます…どうか…あなたを想うわたしの絶えざる営みを…どうか」と云ってやおら紡ぎ台の前に置かれたスツールに腰掛け、満天の夜空に両手を差し伸べる。するとその満天の星々から直接放たれたごとくに、またスターダストが変じたがごとくに、無数の銀色の単糸がイブの両の手にふり注いだ。その単糸を束ねて撚りながら紡ぎ台の穴に差し入れ、ペダルを踏み出す。糸車がまわり出しボビンになんとも柔らかそうな銀色の糸が巻かれていく。時に糸車の左右の回転を変え、プーリーの大きさを変えたりしながら見事なデザインの糸が出来上がっていく。つむぎ歌をイブが歌い出した。
♬…さあ紡ぎましょう、織りましょう。見事な糸を、織物を。コトトンコトトン、コトコトトン。そしたらあの方が、わたしの主人が、この布を見事に仕立て、着こなすでしょう。街を歩くでしょう。そうしたらきっと、道行く人々がふり向いて、わたしの主人の立派さを、紡いだわたしの労苦を褒めるでしょう。ああ、嬉しい!…それをよすがに、さあ、今日も紡ぎましょう、織りましょう。コトトンコトトン、コトコトトン…♬
イブの歌声に俺の心の中の毒が消え、この上なく癒される。つむぎ歌のこの歌詞が、ストレートに心に響いてくる。そのまま俺の心に理解される。それはちょうどいま横たわっているこの銀色の絨毯から伝わってくる、俺を労わり包み込むような、それでいながら俺を正すような、寛厳よろしきを得た感触が全身で感じられるのとまったく同じであった。
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