バー・アンバー 第一巻

場面転化、懊悩する田村

　気が付くと俺は薄暗い洞窟のような所を歩いていた。ここはいったいどこなのか…最前のイブや魔王のことなどいっさい頭になく忘却している始末。洞窟の幅は３メートルほどで高さもそれくらいある。明かりはどこから来ているのかわからないが薄暗いだけで視覚は充分あった。１０メートルほど先で洞窟が交差している。どこか第二次大戦末期における軍の地下兵站か兵舎のような塩梅だがしかしそれとも違うようだ。交差しているところを左に曲がってちょっと行くと右側の洞壁に穴が抉られてあり人の気配がする。中を覗くと十帖ほどの広さがあって中央に置かれた長テーブルを囲んで１０人ほどの労務者風の男たちがタバコを吸いながら雑談している。ヤニ中毒だった俺は途端に喫煙願望をもよおしポケットからわかばを取り出す。なにくわぬ顔で中に入ろうとしたが男たちにいっせいに注視され、そのガラの悪そうな陰険な視線に辟易としてそのままそこをを通り過ぎた。途端に男たちが野卑な笑い声を上げた。ちきしょう、嫌な感じだ。しかしそれなら洞窟内のどこででも喫煙すればいいのになぜか所定場所以外での喫煙は憚られた。得体の知れぬ強要と強迫の意識が洞窟内に充満していて俺の自由を束縛し、それ加うるに心に恐怖感を植えつけるようなのだ。その出所まではわからなかったが。しばらく進むうちに今度は左側にさきほどよりは小さな窪みがありスタンド灰皿が垣間見える。しめたとばかり中に入ったがそこにも２，３人いて「何だ、てめえは」とでも云いたげに眼付けされる。とてもモクを吹かせる雰囲気じゃない。そこも吸わずに立ち去る。「フン」という冷笑を身のまわりに感じ「まずタバコだろうが？おのれは。何でもだ。すべてはそれから。ふふふ…だからまずそれからして、させぬぞ」なる悪想念を感じた。しかし確かにそうだった。何者か知れないが俺にまとわりつく悪想念の指摘通りのこと、俺は何でもまずタバコだった。そうなった分けはジャストこころづくしの（古語：至って儘ならない、色々と気を揉む）人生だったからだろうし、あるいは真摯な生き方を始めようとするのに都度それを目眩ましにし、猶予の思いを抱かせる、身に付いた悪癖のゆえだったかも知れない。