バー・アンバー 第一巻

悪霊の街を行く異邦人

かつて通い慣れ歩き馴れた鶴見の市街、さて、えーっと、ここはその鶴見のどこ辺りだっけ?ちょっと先に鶴見川が見えるから…そうすると駅はさらにその先だとか思って然るべく歩いて行くのだが、どういう分けか如何(いっか)な辿り着かない。人通りも多くなり駅は近いはずなのにその辺りを堂々巡りするばかりだ。次第に気が焦って来て不安な気分となる。人に道を尋ねようにも行き交うどいつもこいつも余所余所くて聞く気がしない。『ふん、いい気味だ』『誰がお前なんかに…』という表情が誰の顔にもこびりついている。畢竟悪霊の街を行く異邦人のごとし。苦しまぎれに「あーっ!」とばかり大声を上げそうになる。と、その時だった。「きゃあーっ!あれ見て!なにあれ?」「え?なになに?うわっ!なんだこいつ。お化けか?…中身は女か?」などなど道行く人々の叫び声が突然上がった。人々の指差す方を見ると確かに異様なものがこちらに向かってふらふらと、覚束ない足取りで近づいて来るのが見える。それは何と云うか伸縮性のある半透明の人間大の、ビニール袋の中に入っている女と云うか、あるいは全身がゼラチン質の膜の中に囲われている女と云うべきか、とにかく、何ともこの世離れした異様なものだった!袋(あるいは魔王が放った蜘蛛の糸の殻?)の中身はどうやら全裸の女と察せられのだが、その女が時に前方に手を翳しながら苦し気に袋の中で何かを必死に叫び、訴えているようだ。しかし声は膜に遮られて表に出て来ない。行き交う人たちは呆気にとられ気味悪がってその得体の知れないものに(女に)道を譲り近づこうとしない。
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