バー・アンバー 第一巻

可愛くない先生

さあてМADの野郎どんな顔をしやがるか俺は口を結び顎の筋肉を隆起させて診察室へと向かう。しかし中に入ると(そこは4坪ほどの診察室だったが)デスクトップパソコンを置いた机の前に腰かけていたのはなんと女医だった。あれ?МAD博士はどうした?とたたらを踏まされる。これでは来た甲斐がない。МAD博士との直接対決を期していたのに…と気が抜けること甚だしい。しかしひょっとして彼が非常勤医師であることも考えられるし、俺は気を取り直すと女医に軽く一礼をし、女医の横に置かれた椅子に腰かけた。室内を見渡せば診察用具と云えば静注台が立っている程度の簡素なものだ。精神科など始めてなのでこれからどんな診察を受けるのか多少とも気になったが、しかしもともとこちらは健常者だし、精神科など所詮素人騙しのようなものだろうと高を括っていたから、受け答えなど適当でいいと余裕をもこいていた。女医は一礼した俺を垣間見ただけで礼も返さずにパソコンを暫時打ち続ける。おかっぱ頭をした30半ばぐらいの女で横顔は大きなマスクで覆われメガネをかけている。けっ、可愛くねえ女とイラつくが顔には出さない。ややあって顔はパソコンを向いたままで「なんで予約を入れなかったの?」とボソッと訊いて来た。「え?」戸惑う俺に「なんで予約を入れなかったのと訊いているのよ。このコロナ下で、受診できるのかどうか聞くのが当たり前でしょ?」云われてみれば確かにそうだ(云い忘れたが現在の日付は2021年の10月で、コロナへの自主規制が解除された時分である)。あっちこっちの病院やクリニックではコロナ感染を嫌って厳しい診療規制を設けていた。
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