一日限りの恋人のはずが予期せぬ愛にくるまれました
 この日も鮫島さんは派手だった。透けるような白いブラウスに短い黒いスカート。私服が認められているとはいえオフィスカジュアルが推奨されているのに、場違いなおしゃれを優先している。もう25歳なんだからしっかりしてほしい。
「貴彦さん、私がプレゼントしたネクタイをしてくれてるんですぅ」
「良かったね」
 なるべく感情を込めずに言った。
「高いレストランでごちそうになってぇ。お礼しないわけにいかないじゃないですかぁ」
「そう」
 会話が続かないように返事をする。が、彼女は続ける。
「先輩のことも宣伝しましたよぉ。事故物件はないかってマニアに言われてたこととかぁ」
よりによってそんな話題、とげんなりした。
「今日も地味ですねぇ」
 紺色のスーツの私に、ニヤニヤと言う。
「そのほうが安心するお客様も多いから」
 何十回目かわからないやりとりを交わして水差しを片づけて自分の席についた。
 この店舗では個人向け賃貸と戸建てやマンションの販売を行っている。
 今日の予約を確認し、予定を組む。
 オープンと同時にめんどくさい常連のおばさんが予約なしで来て、愛想がないだのまじめ過ぎてつまらないだのとねちねちと私に絡み、初っ端から予定が崩れた。
 おばさんこと渡辺美津子さんはもともと鮫島さんの担当だった。
 彼女が私に泣きついて、担当が変わった。
 50過ぎの渡辺さんは安いアパートを探しているようだが、あれこれと文句を付けては新たな物件を求め、私はそれを無下にすることができずにもう一年が経過した。
 こんなに時間がかかるお客様は初めてだった。普通は1カ月から2カ月くらいで決まることが多い。
 一時間後、やっと帰ったと思ったら、今度は鮫島さんに絡まれた。
「せんぱーい。さすがですぅ。私って変な人に絡まれやすくってぇ」
 そうなんだ、といつものように適当に流そうとしたが、彼女は食い下がって来た。
「私ってオメガじゃないですかぁ。いろいろと弱くってぇ。いろんな人に狙われるのも怖くってぇ」
 いらっとするが、作り笑顔でごまかす。
「ヒートが起きてるぞ、落ち着かせてやろうってエッチなことされる事件を聞いて怖くてぇ」
 昨晩報道されていたニュースだ。
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