一日限りの恋人のはずが予期せぬ愛にくるまれました

　これが言いたくて話しかけて来たのだ、と気がついた。
　オメガのヒートは性的な満足を得ると落ち着くという俗説がある。それを悪用した痴漢がいるのだ。
「前に襲われたときにアルファのカッコいい人に助けられて告白されたこともあってぇ、でもやっぱり運命の番に出会いたいじゃないですかぁ、だから断ってぇ。でもしばらくあきらめきれないってつきまとわれてぇ」
　以前にも聞かされた自慢とも思える話を聞くのは何回目だろう。お気に入りらしくて何回もそれを話す。何十回だろうか。３桁の大台に乗っているかもしれない。
　いい加減に仕事してほしい。
　あとで怒られるのは私だ。先輩なんだからきちんと指導しなさい、と。
　彼女に怒るとオメガハラスメントだと泣かれるから。
　言いやすい方に怒るのはやめてほしい。
　この世界には第１の性別である男女に加えて、アルファ、オメガ、ベータの３種類の第２の性がある。合計６種類の性別だ。
　大多数を占めるのはベータの男女で、９０パーセント。残り５パーセントずつがアルファとオメガだ。
　オメガは男性でも妊娠できるし、アルファの女性は妊娠させる能力がある。だから恋人や結婚は第１の性である男女には縛られない。とはいえ、男女で結婚することが圧倒的に多い。
　生まれた時点では第２の性は判別されず、中学生の第２次成長期を迎えたあたりで確定診断を行う。第１性の男女と違い、第２の性、アルファ、ベータ、オメガは確定診断後に稀に変化することもある。
　アルファは全般に容姿に優れて文武両道。ベータは凡人、オメガは平均より劣ると言われている。
　私は中学生のときの検査でベータだった。ほっとした。
　アルファは優秀だと言われる分プレッシャーがすごそうだし、オメガには世間の目が冷たい。
　オメガは男女ともに３カ月に１度、ヒートと呼ばれる発情期がある。
　発情期はとにかくアルファを求め、フェロモンを発する。
　フェロモンは男女関係なくアルファをひきつける。男性のアルファが男性のオメガに引き寄せられることもあるし、その逆もある。
　そのため、オメガはアルファを誘う淫乱な性とも蔑まれている。
　発情を抑えるための薬もあるのだが、万全ではないらしい。周期とは関係なくヒートが発生するときもあり、予定外のヒートを発生させたオメガがアルファに襲われる事件もある。
　また、ヒート期間は仕事にも出られないほどになるので、会社を休むことになり、仕事に穴があく。それで、嫌がられるのだ。
　もちろんオメガ差別は禁止されているのだが、人の心は法律だけでは縛り切れない。
　鮫島さんはオメガを理由によく仕事を休むし、苦労話をこれでもかと聞かせて来る。
　本人は苦しいのかもしれないけど。
　私は内心でため息をついた。