一日限りの恋人のはずが予期せぬ愛にくるまれました

 昼休みになると私はお弁当を持って近所の公園に行った。
 花の見えるベンチが私の定位置だ。そこで作って来たお弁当を広げる。
 私は五井不動産の営業で、担当は居住用の賃貸だ。
 駅前にあるその店舗は、それなりにお客さんが来る。土日は予約で埋まり、休む間もない。
 後輩の鮫島さんも賃貸の担当で、最初は普通に働いていた。話し方も普通だった。
 次第に彼女は周囲に甘えはじめた。私には面倒な仕事や嫌な客を特に押し付けるようになった。
 たぶん、とウインナーを齧りながら私は思う。
 オメガだと知って同情した頃からだ。学生時代、オメガの同級生が大変そうだった覚えがある。だから大変なときは言ってね、と声をかけたのだ。
 鮫島さんはうれしそうに、はい、と答えた。
 それから徐々に仕事を押し付けられた。
 やがて私の失敗や外見をこきおろして笑いをとるようになった。
 髪型を変えると「前のほうが良かったぁ」と言い、かわいい服を着ていくと「何気合い入れてんですかあ?」と言う。今の髪型もかわいいけど、とほかの人がかばってくれると、本当のこと言ってあげるのが親切じゃないですかぁ、と言う。
 徐々におしゃれする気力がなくなって地味になっていった。オフィスカジュアルはやめて無難にスーツ。
 そんな私を見て、彼女は言う。
「おしゃれしないと! 女を捨てちゃだめですよぉ!」
 きらきらしたネイルを見せつけ、新色のアイシャドウをぬって。
 少しずつ距離を置いた。精神を削られるから。
 でも勤務先が同じだから離れきれない。
 困っていたとき、さらに私を追い詰める出来事が起きた。
 辻谷さんのことが好きだと、鮫島さんにバレたのだ。
「先輩って辻谷先輩のこと好きなんですねぇ」
 ニヤニヤ笑いながら言われて、私は顔をひきつらせた。
 彼はアルファで、職場のエースだ。戸建てやマンションの販売を担当していて、成績はトップだ。見た目も良く、上司からの覚えもめでたく、女性からも人気だ。
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